2009年10月23日 (金曜日)

ハニカンじゃいられないレベル

Ryou005  昨日おとといと話題になりました<ゴルフのマナー問題>も、話は根本的なところに入りました。  
 ゴルフをプレーしたり観戦したりするとき、マナーの1丁目1番地は【アドレスに入ったら動かない、しゃべらない、音をたてない】ということです。常識的なことで難しいことではありません。これがなんと、一般のアマチュアゴルファーでさえも守らない人が大勢います。だからこの点においてシャッター音がいけないのです。

 先日の練習ラウンドの日、若いカップルから腰がほぼ直角に曲がったおばあちゃんまでがワンサと詰めかけていました。僕はたくさんの方と話をしましたし声もかけられました。その中で僕が「ゴルフはどのくらいのペースでおやりになるんですか?」という質問を意図的にし続けてみました。驚くべきことに、数字は取っていませんが3割以上の方が「まだやったことありません」と言うではありませんか!ははぁ、遼くんファンはゴルフやらない人が意外と多いんだな、と気付いたのです。まぁ、ゴルフ界にとっては予備軍ですからありがたい話なンでしょうね。

 ゴルフを知らない方に「アドレスって?」とか尋ねても分からないんでしょうね。でも、スイング中は撮影禁止というのは理解してるはずです。それをやっちゃうんですからその人の理性の問題ですね、これは。
 昨日の話、この日も18番でウオーターショットをするため池に入ろうとした際、携帯ムービーで撮影するギャラリーに「携帯、止めてください」と遼くん本人が注意する場面があったそうです。おまけにあろうことか、15番では林に打ち込んだボールをおばさんが駆け寄って<記念に>と持ち去ろうとしたというからビックリです。周囲の人に注意されて戻したそうですが、係員が喚起している<コース内のボールには触れないように>という常識的なことさえ無視しているようですね。

 日本にゴルフコースができたのは1901年で、神戸の六甲に4ホールのコースがオープンしたのが最初です。2年後9ホールのコースと拡張したのが日本最古のゴルフクラブ「神戸ゴルフ倶楽部」でした。むしろこのころの方々はそれなりのマナーを弁えていました。その後バブル期に入り、猫も杓子もという時代に突入したのです。会社の中で「お~い、○○クン、明日ゴルフにつれて行くからそのつもりでな。なに、道具がない?そうかそれではこれから買いに行こう、ワシが選らんでやろうじゃないか」などという会話があっちこっちで語られた時代でした。実際僕の周囲にたっくさんいましたね。
 マナーやルールが優先するのがゴルフという「文化」です。それを知らずに始めた人たちはスコアがすべてに優先すると勘違いしています。現に、アンプレアブルの処置やハザードに入ったボールのマークの仕方など知らない人があまりにも多いのに驚きます。ゴルフの審判員は自分自身が鉄則、その自分自身がルールを知らないのでは無法プレーになるのは当然です。
 結局、ゴルフをしている人がそのレベルなら、未経験者にゴルフを語ってもラチは開かないでしょう。最終的にはJGAやJGTO(ゴルフ関連団体)がはっきり、<ゴルフ観戦に携帯持ち込み禁止。場内で見つけたら即退場>という姿勢を示さない限りこの問題は解決しません。

<写真と本文は無関係です> 

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2009年10月22日 (木曜日)

いくら言っても懲りないギャラリー

Ryou002  昨日の続きです。今までトーナメント観戦のため何度もコースに足を運びました、そうですね女子もシニアもね。その度、ゴルフを観戦する一部の人々のマナーがなぜあれほど劣悪なのか、前から思っていましたが昨日は再再確認をしてしまいました。首をかしげるのは、そもそも日本人のマナーは世界的に見てもそれほど程度は悪くありません。むしろ近隣諸国よりずっといいようにも思えます。ではなぜ?

 ことゴルフに関してのことなんでしょうかねぇ、こういった輩がひと山いくらというほどたくさん集まっちゃうのはねぇ。結局日本のゴルフは未成熟で定着も、その本質の理解もな~んもないということになります。
 
 昨日見たことを少し書きます。トーナメントの競技委員会(ゴルフ連盟も含めて)が朝、入口で一人一人に紙を配っていました。これにはこう書いてあります。
 【ご注意】スイング中の写真撮影については、選手練習の妨げとなるため、ご遠慮願います。※明日からの大会期間中の撮影は一切禁止となります。
 つまり、この日に限り撮影できるけれど、スイング以外の時だけですよ、ということ。先週の日本オープンの6番ホールで、石川遼選手がシャッター音で取り乱し、ダボを打ったことが背景にあり、関係者は明らかに相当ナーバスになっていました。

 ところがどうでしょう、遼くんが練習場からコースに出て10番のティグラウンドでショットするときからカメラの嵐。あれほどスイング中は撮るなと言われていても全くお構いなしですね。僕が後方から見ていて、ざっと1割から2割近い人が携帯を構えていましたね。中には禁止されているビデオカメラを公然と回す人も・・・。
 これはまずいと思ったのか、大会関係者はボードだけではなく「スイングに入ります、カメラを下げてください」と相当な人数で連呼し始めました。ところが一向に変化はなし、二重三重の人垣ですから陰に隠れていれば見つからない・・・という思いがあるのでしょう。本当に懲りない人たちの数には驚きましたね。ついには遼くんのトレーナーの仲田さんまでが、群衆の後方に回り注意を呼び掛けるだけではなく、カメラを構えている人の肩に手を置いて「おやめください」と声をかける始末に。

 遼くんがハーフターンして1番ホールに来た頃ギャラリーは増え続け、関係者の方に聞いたら最終的に3,000人近くの人が見えてるでしょうかという話でした。僕はスタンドに上がって見ていました。遼くんがカメラを気にしながら3発位打って歩き始めたところ、ずっと朝からついて歩いてきたお父さん(遼くんの)がつかつかと右手にいたギャラリーに近づいて行きました。そして、携帯を持っていた方に向かってこう言いました。「撮影はお断りしているはずです。あなたのおかげでプレーが一時的に止まってしまったんですよ」。口調は穏やかでしたが、ひとことひとことキッとした言い方で、周囲の空気は固まりました。僕はそんな雰囲気に<ゴルフって違うよな>と思い少し情けなくなりました。
<下の写真と本文は無関係です>
Ryou003

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2009年10月 4日 (日曜日)

スポーツは筋書きのないドラマだ

Golf001  人間は「希望」という広大な海と、一方の絶望という断崖絶壁の淵に生きている動物である。心のどこかに明日はなんとかなるんじゃないか、いや大そうな幸運が訪れるかもしれない・・・、とか、いやもう生きている意味はない、生まれてきたこと自体が間違いじゃないか・・・などというルーティーンの間を行ったり来たりしてやがて終わりを迎える。

 だからというとこじつけかもしれないが、人は映画やスポーツに心を奪われるのかもしれない。映画には<ストーリー>という筋書きがある。でも見る人はそれを知らないからワクワクドキドキしながら成り行きを見守る、そう、心躍らせてね。片や「スポーツ」も見ている人たちにそれ以上の迫力を分配する。興味があればあるほどことの進展と結果を知りたくて好奇心は増幅するばかりだ。そういった意味で映画やスポーツは共有価値があり本当に面白い。

 男子ゴルフのコカ・コーラ東海クラシック最終日は今日、愛知・三好CCで行われ、石川遼選手が1イーグル、6バーディー、1ボギー、2ダブルボギー。通算14アンダーで優勝した。ゴルフが好きで一人前の知識もある、この大会の細かい情報もずいぶん拾ってきた。そんなこともあったのだろうか、今回のトーナメントほど、勝利の女神は誰を勝たせたいのかいな???、、、いう点で過去に経験ない面白さを味あわせていただいた。
 朝10時から追いかけていたALBAnetの「石川遼一打速報」は12番ホールで途絶えた。テレビ中継のためだ。その地上波テレビ中継は我孫子GCで行われている<日本女子オープン>の放映(NHK)にカブらないよう配慮され、午後4時20分という遅いスタート。とっくに競技は終わっているはずだった。
 それでもめげずにつまみとワインをセットしてテレビの前でその時間を待った。ALBAの12番ホール辺りでは遼クンにとって流れが非常に悪く、どうも先行きはキビシイなと思っていたが、いやはや、大変な試合だった。40年近くゴルフのトーナメントを見てきたが、今日は忘れられない大会になった。
 それは誰に勝って欲しいとかいう次元を突き抜けた、そしてエピソード豊かな大会だった。今夜はゆっくり盃を傾けひとこま一コマ思い出しながら、秋の長い夜を過ごしている。それにしても、相当複雑なシナリオだった。はたして酔った頭でどこまで復元できるのかな?

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2009年10月 2日 (金曜日)

700万年の間、ヒトは進化した

Baby001  アフリカは人類の故郷、その東部エチオピアで約440万年前の猿人(初期人類)の全身にわたる化石が見つかったんだそうだ。これはすごいことですね。

 映画「インディ・ジョーンズ」は見ました。スピルバーグの作品でしたね。僕は考古学に興味がある程度で、全く知識はありません。でもハリソン・フォードの「失われたアーク」のころはわくわくしましたね(最新作はそうでもありませんが…)。モデルになった考古学者はヴェンディル・ジョーンズ氏という方で、原作の一部は実際の話に近い部分もありそうです。
 ところが今回の発見はケタ違いに古いハナシ、過去に発見された最も古い人類の全身化石は「ルーシー」と呼ばれる350万年前のアウストラロピテクスの化石なんだそうだ。今回の化石は「アルディ」と名づけられたそうですが日本人の東大教授で諏訪元さんという人もそのチームに加わっていたとか、凄いですね。
 100万年以上過去の記録を塗り替えた猿人はラミダス猿人と言われ(なんか巨人で4番打ってなかったっけ?)、林のような環境で樹上に登ったり直立二足歩行をして暮らしていたんだそうだ。アメリカの科学誌「サイエンス」によると、猿人は成人女性で、生存時の身長は約120センチメートル、体重は約50キログラムと推測されている。土踏まずはなく脳容量はチンパンジー並みの300cc余りだったそうだ。

 いずれにせよ、アフリカで誕生した人類の起源は700万年前と言われている。どんな生活をしていたんでしょうかねぇ、分かるものなら知りたいものです。考古学者が歯を分析すると、初期の人類は硬いものや草原性の植物はほとんど食べないで、森の中の果実や葉、昆虫などを食べる雑食性だったんだそうだ。
 700万年という気の遠くなる時間を生きて、<人類は進化した>とは書いたけれど、実際はそうではない部分もあるよね。まぁ、せめて僕は大先輩に習ってベジタリアン系の食生活を心掛けたいな、いやそうしなくては・・・、無理かな、、食欲の秋っていうものな。

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2009年9月18日 (金曜日)

男女の意識と子作りと…

Dannjyo001  2週間くらいご無沙汰だったサウナ風呂に行ってきました。よく通うサウナですが今日は壁に貼ってある「入浴心得」というものが目に入りました。
 入浴前にシャワーを浴びるとか、タオルは湯船に入れないとか・・・、常識的なことばかりでしたが一番最初に『8歳以上の子供は混浴できません』とありました。

 ふ~ん、そうなんだ。そういえば昔から「男女7歳にして席を同じうせず」というのはありましたね。このことわざで言っている「席」というのは<布団>の意味でしょう。まぁ、子供たちが布団に入って何するか分かりませんが…。
 でもこのお風呂屋さんはなんで8歳なんだろうか?経営者の独自の教育的視点があるんだろうか。それとも7歳を書き間違えたとか・・・、そんなことありませんよね、何か基準になるものがあったんでしょう。しかし、そのことを揶揄する気はありませんが、今の時代これだけ少子化で将来を悲観している国は、このことわざを変えたほうが良いんでしょうか?
 このことわざは非常に保守的な意味合いを感じさせます。多分、江戸時代から伝わっているのかもしれません。片や世界の先進国アメリカは男女同権の最も進んだ国の一つです。ところが1995年には全米でたった3校(公立小中学校)だった男女別学の学校が、今や300校になんなんとしています。これはまた一体何を意味してるんでしょう?システムを変えることで集中力が増して学力が倍増した・・・なんてね。

 大体、何歳くらいから意識が始まるんでしょうね?読者の皆さんはいかがだったでしょうか?個人差が大きそうですから平均値の話になりますが。また、生理的に一体何歳くらいから子供が作れるんでしょうね・・・。まぁ、僕にはわからない世界ですが、はっきりしているのは日本の子供はもっともっと増えなければならないということです。新政権は福島社民党党首を少子化担当に据えました。革新的なお手並み拝見というところでしょうか。

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2009年8月31日 (月曜日)

もつ煮込み

Motsu001   台風11号が近付いていて雨風が吹き荒れ、とにかく寒い寒い8月の終わりとなりました。選挙の煽りの名残なのかなぁ・・などと思いつつ車を運転していると、ある看板が目に入りました。

 『もつ煮込み』と書いてあります。食べ物にだけは一人前の想像力が働く僕は、すぐにあの刻んだネギを従え、牛蒡、コンニャク、豆腐を小脇に抱えて堂々と焼き物の器の中央で湯気を立てているその雄姿が浮かんできました。
 う~ん、もつ煮込みねぇ、・・・。するとその下にもう一枚の紙を発見、それには「お持ち帰りアリ」しかも付け足した紙に「ちょっと多目!」とあります。これはガツンと来ましたね。崖っぷちに危うく立っているところを後ろから小突かれた気持ちになりました。その時、渋滞はほどけ車が流れ出しました。
 
 
結局、そこでは買えなかった分だけ食べたい気持ちが募り(ただの食いしん坊なだけです)あきらめきれずスーパーへ。夕食はめでたくもつ煮込み(プラス100円のサンマ)とあいなりました。お酒は以前ちょっと書いた「三笑楽」の濁り酒、冷え冷えのコレがまたよく合う。
 そうそう、大事なことはそんなときのBGMです。意外だとお思いでしょうがエリック・クラプトンがぴったりなんです。そうですね、特にと言われれば1975年に出されたアルバムで「安息の地を求めて(There's One in Every Crowd)」なんか良いんじゃないでしょうかねぇ。僕はみそホルモン
とレゲエの香りに共通した何かを発見しましたね。えっ、マジかって?ハイ、マジです。

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2009年8月22日 (土曜日)

8.30は、日本の「解放記念日」

Jehannedarc_2    8月30日は衆議院議員選挙、今の勢いだと民主党が政権を取ることは間違いなさそうだ。長く日本を覆っていた自民党という黒く淀んだ空気から解放される。860兆円もの借金大国にしただけではなく、国民に行き場のない閉そく感を与えた。なにより、自民支配は非常に悪い意味の『一蓮托生国家』を作ってしまった。長い時間がかかったので国民は慣れてしまったのかもしれないが、一部の人や組織、企業や団体に偏ったバラまきや汚職が繰り返されてきた。革新的な考え方や変化を求めた人たちは、その見えない圧力に意思を挫かれ続けてきたことから、ついに解放されるのだ。

 僕の抱いていた自民党への不信が確信に変わったのは1976年7月27日だった。自民党議員で内閣総理大臣だった田中角栄が、全日空の旅客機受注に絡み、5億円のワイロを受け取り私腹を肥やしたあげく受諾収賄罪で逮捕された。世界でも類を見ない総理の汚職事件で、いわゆるロッキード事件として有名になった。この日以降も、自民党議員の裏金は常態化していく。

 その田中角栄の流れを汲み、竹下派(当時の小沢一郎氏も含む)の会長を務めていた金丸信という男がいた。1992年に佐川急便から5億円のヤミ献金を受け取り、その年の10月には議員辞職に追い込まれた。
 1993年、彼の妻が死亡した時だった。驚くべきことに当時の日債銀がグルになって遺産隠匿事件を起こしたのだ。しかしカラクリは世間に露見し、金丸信は脱税容疑で逮捕され、自宅の家宅捜索で数十億の黒いカネと時価1千万円相当の金塊がぞろぞろ出てきた。
 後日、この金塊の刻印が、上九一色村の麻原彰晃が隠していた金塊と非常に酷似していたという報道があって記憶に残っている。こういった裏金は不正蓄財で国を裏で動かす汚れた資金であることを疑う余地はない。
 その金丸は北朝鮮にしばしば出向き、「拉致問題などあるわけない」と金日成主席に説き、帰国後も土下座外交と批判を浴びた。本当にあきれた政治家だったが、これは彼のみならず金権に浴した自民党の体質なのだと思う。

 4年前、自民党が死に体になりかけたとき、突然現れて延命治療したのが小泉純一郎さんだった。彼のモルヒネ注射のおかげで拉致問題の一部は判明し、一時的に自民党は蘇ったが、こうなってみると時間の問題だったのだろうか。

 今の若い方はロッキード事件や金丸信という悪辣な人物を知らないかもしれない。しかし、実際にあったことなのだ。自民党政権はやや長すぎた。歪みや軋みに錆が浮き、癒着だらけの魑魅魍魎たる世界になった。これはもう「チェンジ」するしかないし、多くの国民もアメリカのように「イエス・ウィ・キャン」と叫んでいる。
 8月30日には日本上空の黒くて油が漂っているかのような霧は晴れる。僕が長い間嫌っていたうっ屈した空気が入れ替わる。なんと素晴らしいことなんだろう。同じ団塊の世代で、日本がこうなることを夢見て戦ってきた今は亡き闘士たちは、さぞかしこの日を見たかったろうと思う。民主主義国家は道半ばとは言え、次世代を生きる人たちのためにも、これが将来において本当の「解放記念日」になることを夢見ている。

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2009年8月21日 (金曜日)

石川遼君の成長に期待したい

Golf002  人が大きく成長していくにはそれなりの厳しい道が準備されている。石川遼君は昨日、大きな学習する機会を与えられた。

 今年から正式にツアー競技となった関西オープンでのことだ。石川遼プロにとっては昨年プロとして初めて優勝した記念すべき思い出のトーナメントだった。
 スタートの10番をボギーとした後の11番ミドルホール、ドライバーショットは大きく左に曲がりOBゾーンへ。彼はルールに従ってプロビジョナル(暫定球)を宣言してから2打目を打った。ところがこれもOBゾーンへ。とにかく行って見ましょうということで現場に到着する直前にギャラリーから「セーフだ!」と大声がしたという。
 石川遼プロについている競技委員はその言葉を信じ(?)、1打目を彼にプレーさせた。そしてそのホールはボギーとして、18ホールを2オーバーでホールアウト。スコア提出直前に現場に居合わせた別のギャラリーから、あれはOBじゃないのかという提言があった。ツアー管理の本部は現場へ、、、そしてそれがOBであったことを確認する。そして協議に入った。
 結果的に、2打罰を与えることで決着、石川遼プロは4オーバーということで2日目に向かうこととなった。

 ちょっと待てよ、そんな裁定は最低じゃないか!(シャレではありません)そもそも、ギャラリーの声だけでセーフと決めつけた競技委員ってありえないだろう。どんな思惑があったにせよ・・・・。白杭(OB)を確認しないでセーフとしたのかって?信じられない、考えられない。それに結果的にいくらギャラリーと競技委員が言ったにせよ、自分で確認しなかった石川プロは責められてしかるべきだ。ゴルフはほかの競技と違う。審判は自分自身、何よりもフェアでピュアで、自分に厳しいスポーツであり文化なのだ。
 そのことを受けたJGTOの役員たちのその後には呆れてものが言えない。
 石川遼プロがこのトーナメントの目玉であることは分かる。たった初日の2ホール目のプレーで『失格』では明日からのギャラリ-に申し訳ないという気持ちもわかる。しかし、ことゴルフに関しては厳然とした精神が宿っていて、その精神そのものが狂ってしまっている。また、そんな渦中に巻き添えにされた若いプレーヤーに、語りつくせない誤解を背負わせた罪は計り知れない。JGTOが将来あるプレーヤーの足を引っ張るなんて聞いたことがない。むしろ厳正に『失格』としてあげたほうが彼の将来には生きてくるとさえ思った。

 ゴルフは100年以上前日本に輸入された。そのずっと後、中村寅吉が霞が関CCの世界選手権で優勝した頃から爆発的な人気になった。失礼ながら、決して良い見本ではなかった青木功や尾崎将司が活躍して、バブル期になんの予備知識もなく芝の上へ飛び出したアマチュアたちの大半は誤解しているし、今もその傾向は強い。彼らにとってゴルフはスコア至上主義なのだ。
 本来、マナーやルールを重視することが最重要なことで、ゴルフというスポーツは本来の自己を高めお互を認め合う高邁な精神を期待しているのだ。ゴルフはスコアアップ(意味あることだが…)だけに集約されてしまっては、明らかな路線の間違いなんだ。奇妙なことだが、民主主義の成長レベルとゴルフのマナーの進捗度は比例していると考えている。その点では韓国も中国もまったくレベルが低すぎるし、日本もまだまだなんだろう。

 今回のトラブルは石川遼プロを取り巻く大人たちが作ったものという感が強い。「自分に責任があるので、凄く反省しています」と石川プロは語っている。本人も知らなかったという競技委員による誤った指示という<特別処置>のおかげで、失ったものこそあれ彼が得たものは何もない

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2009年8月14日 (金曜日)

日時計のように大らかに・・・

Sundial001  写真は「日時計(Sundial)」です。牛久市の自然観察の森で見つけ撮影しました。日時計は紀元前3千年前ころから実際に使われていたことが分かっているそうです。どんな人が考え、日常どんなふうに使われていたんでしょうね。

 最近、地球単位で環境問題を声高に叫ぶということが極めて当たり前になっています。まぁ、このまま人類が突き進めば、早晩住めない星になることが分かってきたからなんでしょうね。
 ふと待てよ?と思いいつ頃からそんな風になったのかなと思って過去を振り返ると、いろんな考え方もありますが、ざっと直近百年という見方もできます。
 燃える水(石油)で走る<自動車>が街の空気を汚し始めました。新聞が一般的になり各家庭に宅配され、毎年数えきれない本数の森林が消滅していきます。経済成長、所得倍増という甘い言葉の羅列に、人々は目の色を変えるばかりで将来のことまで考えが至りませんでした。
 経済の発展は手段を選ばず、車だけでなく機械関係や化学工場が黒煙を吐き水銀を垂れ流し、ますます盛んになる輸送手段は必要を超えた道路づくりと低燃費で質の悪いばい煙をまき散らしたのです。新聞も結局は経済成長の一翼を担っていました。その紙面にあの当時、今日の環境問題を指摘する人は少なかったでしょうし、たとえそう訴えても変わり者としか扱われなかったんだと思いますね。

 かくして先進諸国は汚染空気の都市ばかりになってしまいました。それでも少し前まではネパールのカトマンドゥ並みで、マスクや口をハンカチで覆った人が都内にもずいぶんいました。最近は少しずつですが改善の兆しはあります。

 時計が日時計だった時代、それなりに苦労はあったかもしれませんが地球にはやさしい環境を維持していたんでしょうね。なによりこの日時計を見ていると、なんだか気持までホンワカしてきませんか?こせこせして人々が摩擦で疲れてしまうような社会とは縁遠い感じで、『ゆったりした時の流れの中で、のんびり生きなされや、ハハハッ・・・』とでも語りかけそうな雰囲気があります。

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2009年8月13日 (木曜日)

マイケル・ダグラスの虚像と実像

Cyanndle001  なんというお方だったかお名前を忘れてしまいましたが、数百年の昔、「心頭滅却すれば火も亦た涼し」と禅を真実信じれば、それがどこだって関係ない、火だって涼しく感じさえするだろう・・・なんてことを言った高僧がいましたね。でもついでですが、これは辞世の句でこのお坊さんは焼き討ちにあい、たくさんの僧侶や寺と運命を共にしました。

 今日の暑さ、ハンパじゃありませんでしたね。なんだか時刻表よりふた列車遅れてきた猛暑という感じで、体が慣れてない僕たちはヒーヒー言ってしまいました。僕は禅宗ではありませんし俗人なので、火もまた涼しなんて境地にはいられません、暑いものは暑いんです。こんな激変する天気も困ったものです。

 陽気だけではなく、本当に今日はホットな話題に出会ってしまいました。アメリカの俳優マイケル・ダグラスさんの30歳になる息子のキャメロン・ダグラスさんが、違法薬物メタンフェタミンをまとめて販売したり、自分自身が売人や運び屋までやっていたとして逮捕されたという記事です。裁判はこれからですがこのテの薬物裁判は、ケースによっては終身刑もということでマイケルさんご本人も「非常に強いショックを受けている」と述べているそうですが、こちらも本当にビックリです。
 マイケル・ダグラスさんは御存じの通り僕ら世代の名俳優、カーク・ダグラスさんの息子さんです。20年くらい前「ウオール街」ではアカデミー賞、主演男優賞もとりました。その後「ローズ家の戦争」や「ディスクロージャー」などでは、どこかロシア人の血が混じっている彼独特の雰囲気を生かして見事に演じていました。僕の好きな男優の一人です。

 特に僕がショックだったのは、つい先日、テレビの衛星映画劇場で過去に未鑑賞だった「トラフィック」を観たばかりということでした。この映画はアメリカで司法の頂点に立てる資格を有した主人公をマイケルさんが演じ、ついについに上り詰めるのですが彼の家庭内では娘がドラックにおぼれ、私生活はボロボロ。最後にトップ立つことが決まった自身の就任式で、彼は自分に照らしてその立場を踏襲しがたくなり、自分で考えた挨拶の草稿を読み終えることなく外に飛び出してしまうというショッキングな内容でした。
 日本でも最近芸能界の覚せい剤事件が取りざたされていますが、この映画はアメリカの裏側を鋭く突いた作品でした。この作品で共演したキャサリンさんとやがて結婚し二人のお子さんがいますが、事件を起こした息子のキャメロンさんは前の奥さんの子供です。

 なんと、その映画の中のマイケル・ダグラスは現実の社会でも同じ運命をたどっていたなんて・・・・・、もう絶句してしまいます。ドラッグはアメリカの日常になってしまったんでしょうか。
 昔、NHKに高橋圭三さんという方がいました。彼が紹介した古き名台詞「事実は小説よりも奇なり」、全くその通りですね。

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2009年8月12日 (水曜日)

ペナンの鶏肉はなぜうまい?

Penang001  ペナン島は一年中夏ですから「夏祭り」というのはありません。ありませんが、頻繁に写真のようなカーニバルがあります。まぁ、カーニバルというより日本人には「縁日」と言ったほうがスンナリ来る気がします。
 屋台はペナン島の名物なんですが日本のそれとちょっと違い、ホーカーといって昔からある物売りの延長線上にある簡易食堂と言った感じでしょうか。その昔、天秤棒を担いだ物売りがちまきや弁当の類のものを売っていたんですね、そのとき大きな声で客を呼ぶという意味でホーカーという名前が付きました。今では各食堂が大声を上げることはありませんが、その名残は屋台にあります。

 写真のお店は鶏肉でしょうか、焼いてアツアツのものを食べさせてくれます。左手にあるのはたれが入っている袋ですね。まあ、お好みでそれをつけて食べます。たれはいろいろですが、甘辛な味が多かったように記憶しています。この大きな肉がたしかRM5(5リンギ=当時150円くらい)だったかと思います。

 マレーシアは多民族、多国籍の人種のるつぼです。したがって、食事もそれに合わせたものになります。イスラムの方々は豚を食べません、逆にヒンドゥの方は牛を口にしません。そうなるとどなたも食べられる鳥は人気になるということになります。マレーシアにもKFCはあるんですが、実はここの鶏肉、日本よりも格段においしいのですよ、これが。マレーシアでもきっとブロイラーで養鶏してるんでしょうから同じはずなのに・・・・、僕たちはKFCでランチを食べるたびにいつも首をかしげていました。

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2009年8月 9日 (日曜日)

伝統的なラクサ

Laksa001  「暑い暑い!」となるはずですが・・・・、日照時間は極端に少なくなかなかそうなりません、なんだか日本の酷暑を覚悟していただけに拍子抜けのような日々が続いています。皆様お元気でお過ごしのことと拝察申し上げます。

 暑いときには熱いものを食べるのが一つの暑さ対策だと聞いたことがあります。僕は知識も何もありませんが、体感的にな~るほどね、と一人納得しています。そうです、熱い時にはヒ---ヒ---言いながら汗だくになって食事をする、そしてビール(いえ、水でもなんでも)をがぶがぶ飲む、そしてまた汗をかく。これこそ新陳代謝を良くして冬の寒さに備えた食事健康法じゃありませんか皆さん!--- 失礼、時節柄、何となく選挙演説調になってしまいました。

 ラクサはマレーシアやシンガポールではいつも人気ベストテンに入る麺料理です。結構太めの白い麺に、ココナツミルクを入れた甘めのカレースープ。具は鶏肉、蝦、ゆで卵などなど。あちらに旅行された方は行く先々のフードコートや屋台などにあるので召し上がった方も多いかもしれません。僕はラクサが(店に寄りますが)結構好きです。酸っぱめの果物を絞ってさらに酸味を加える、僕はサワー系の味が好きだからなんでしょうか。この写真のラクサは昔からある味の「traditional Laksa」というものです。古くからあるので日本版<おふくろの味>といいたいのですが、マレーシアの主婦はあまり料理はしません。外食中心なんですね。

 辛いのが好きな方はお店のテーブルに必ず置いてある唐辛子をみじん切りにしたものに醤油を注したもの、これを加えるといいですよ、体中の毛穴が夏祭りの花火のように、全部パッと開ききって汗が噴き出します。

 さて、皆さんも食事に工夫されてこの夏を乗り切ってくださいね。(と言っても暑くなりませんが…)

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2009年8月 7日 (金曜日)

夾竹桃の咲く頃

Kyoutikutou001  女性には(いや、男にも…)最盛期というものがあります。それを過ぎてもそれはそれでなかなかのものなんですが、小野小町が言うところの「花には見ごろ」というものがあります。花の色は移りにけりないたずらに・・・・とか言ってましたね。その通りで、特に花は見ごろの一週間を見過ごすと大体1年は待たなければならないと言っても過言ではありません、花にもよりますがね。人だって似たようなところがあります。
 今日の写真は「夾竹桃」です。きれいなバラには棘(とげ)があると言いますが、この夾竹桃には強い毒性があります。一般の方が知らずに葉を触ったり口で噛んだりしてはいけません。ひどい下痢や食欲不振に陥った例があります。葉は少し竹の葉に似ています、それで名前に「竹」が入ってるのかもしれません。逆に、その毒性は医薬品に利用され、漢方では打撲の薬として知られています。

 ここまでの話と全く関係ありませんが、大原麗子さんがお亡くなりになりました。奇遇にも僕と同年です。彼女は絶世の美女でしたね。僕は以前住んでいた都内の都電の駅(鬼子母神)で、ロケ中に拝見したことがありました。もう20年くらい前でしたが、それこそ一番きれいだったころではなかったでしょうか。ずいぶん遠くでしたが、息を飲む美しさだったことを覚えています。花の盛りに関係なく、ずっと美しかった方でした。まことに残念で心から御冥福をお祈りしたいと思います。
 彼女は難病に冒され、晩年は本当に辛かったようです。ギラン・バレー症候群という重い病気で、それこそなにか毒性のある植物からでもなにか良薬が作れなかったかと想像してしまいます。息を引き取ってから2週間は一人ぼっちだったという話です、美しい人ほど残酷な晩年を与えるなら神はずいぶん非情だなと思います。

 フランク永井さんの「大阪暮ぐらし」の歌詞に、赤い夕映え通天閣も、染めて燃えてる夕陽丘よ、娘なりゃこそ意地掛けまする、花も茜の夾竹桃・・・・訃報を見てこんな曲があったことを思い出しました。「少し愛して・・長~く愛して」と言いながら夾竹桃の咲くころ亡くなったいうことは、ずっと記憶に残りそうです。

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2009年8月 2日 (日曜日)

『ゴルフ』という文化と心ないギャラリー

Golf001  国内男子ゴルフ、北海道の小樽カントリー倶楽部で行われたサン・クロレラ・クラシックで、期待の石川遼選手が自分の年齢と奇しくも同じ17アンダーでみごとな優勝を飾った。お見事というほかはない。僕は例によってALBA-NETで10番まで詳細を確認していた。そこから後は結果を楽しみにするため一切の情報源を絶っていただけに、18番のバンカーからのスーパーショットとその後のバーディパットをテレビで見たときはホントにシビれた。

 そして今回の優勝は完全Vという点で大きな自信になると思う。本人もそれを意識していたか、優勝インタビューでは涙を抑えきれなかったようだった。
 「今までにないような優勝争いで、途中ブレンダン・ジョーンズ(B.J)が『楽しいだろ?』って話しかけてくれて。15番で追いつかれて、緊張がのしかかってきた。ブレンダンがいなかったらここまで良いプレーが出来なかったと思うし、最後まで戦えたことを誇りに思います」

 石川遼選手のコメントはその優勝という名誉にも勝るとも劣らない素晴らしいものだった。この言葉には一つの意味が込められていたと思う。
 それはまさに二人の一騎打ち、そのものずばりのサドンデスに入った16番からだった。16番ではボギーでも仕方ないというパーパットを決めた遼プロと、バーディ・チャンス逃しのB.J選手がともに17番へ向かう。17番パー3は先に打った遼プロがバーディパットを10cm右に外してパー。B.Jは5mを決めて一歩リードかと思ったがこれもわずかに左をすり抜けた。

 その瞬間だった。あろうことかギャラリーの数人が拍手をしたのだ。なんとバカな・・・・、テレビの前の僕は凍りついた。テレビはB.Jがなんということをという顔でほっぺを膨らました顔をアップで写した。同時に石川遼プロは深海に沈められた魚のような暗い暗い表情をした。辛かったのかもしれない。でも眼下の敵B.J選手がある意味支えだったのだ。フェアなスポーツには時々こういうことがある。その意味を込めてのコメントだったのかもしれない。
 この拍手は18番のグリーンサイドでも引き継がれ、数名の観客がB.Jのバーディ・パットが外れた瞬間パチパチと手を叩いた。真剣勝負していて、ミスったら目の前でパチパチでは堪ったもんじゃない。もはやB.J選手は悲しそうな表情で首を振るだけだった。その直後に石川遼プロの優勝パットが決まっただけに大きな汚点として残像が脳裏に残った。

 相手のミスに対し手を叩くことが石川遼選手への応援と勘違いしているのかもっと悪意なのかわからない。でもこういう人はゴルフ・コースに足を踏み入れる資格はない、というか、日常の生活がそこにポロっとこぼれただけなんだろうが…。まぁ、残念ながらギャラリーに対しての免許制はないんだから入場制限することはできそうもない。
 ゴルフは野球のように相手に品格のないヤジを飛ばせるゲームではない。昔、そう30年近く前かな、グラハム・マーシュという豪州の名プレーヤーが日本のツアーで活躍していた。ある時、あまり毎週勝つので面白くなかったのか、ギャラリーが今日のように彼のミスに拍手をするという暴挙を働いた。マーシュ選手はぐっとこらえていたが、ある日本の評論家が---本当に悲しい----という話を雑誌に書いていた。全く同感だった。日本人のごく一握りは、良いプレーに拍手するのではなく、特に外国人には冷徹で心ないことをする。もう「鬼畜米英」なんて時代じゃないよ。
 今日北海道のトーナメントで恥ずべき拍手をした人に告ぐ!あなた方の拍手は周囲にものすごくまずい空気を生んだだけではなく、あなたの無知と品位の無さを知らしめただけではなく、石川遼プロをも悲しい気分にさせたことを知るべきです。

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2009年7月30日 (木曜日)

暑い国で生まれたトラのトラウマは・・・

Tiger002  僕はトラです。スマトラで生まれたスマトラトラでありんす。トラトラと重なるのはなんだか変ですが、トラトラトラと3回重ねないでください、なんだか戦争を思い出してしまいますからね。それでなくても8月は終戦記念日があります、でもオイラとは全く関係ないことでござんす。

 生まれ故郷が赤道に近いところなので暑いのは慣れてます。でもこう暑いときは水に入ります。暑さしのぎは十分心得てるんですね。
 トラは虎であって寅ではありません、フーテンの寅さんと間違われるからです。でもフーテンの寅さんは羨ましいよなぁ、僕なんか日本に来てからずっとこの上野動物園のトラ箱に入ったきり、どこにも行ってません。たまにはどこか遠くに行ってみたいな。こういうのってトラわれの身って言うのかな?
 この間飼育係のお兄さんからトランジスタラジオもらったから、阪神タイガースのナイターでも聞こうかな、いや、かえって落ち込むかな。タイガースもトラれたら取り返すという根性がほしいね。
 ラジオ聞いてると「トラフィック・インフォメーション」ていつもやってるけど、あれってトラとは何の関係もありません、念のため。いっそ、もうすぐ始まる全米プロゴルフでも中継してくれればいいのにな・・・タイガー・ウッズは僕たちの星なんだよね。さて、そろそろ行水も終わりにしようかな、よいしょっと、、

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2009年7月26日 (日曜日)

熱中症にご用心

Krystal001  今日は根性の据わった「真夏日」でしたね。一日外にいたら軽い熱中症になりかけました。まあ、そこは3年近くペナン島の猛暑に鍛えられた(…というほどではありませんが)体です、飲み物をガンガン補給し、氷でちょっと冷やした程度で何事もありませんでした。

 あなたは熱中症になったことがありますか?こればかりは年齢や性別にあまり関係なく、直射日光下で長時間動いているとなることがあります。高校生がこの時期、高温多湿の体育館の中で運動していると起こるように、室内でも起こりえます。血液の循環が減少することが原因と言われています。なってしまったら少し横になってできるだけ体を冷やすことが大切です。

 ペナン島にいたころ、日本からのゲストたちとゴルフを楽しみました。島をいったん出て10km南下、ブキタンブン・インターを出て20分くらいのところにあるクリスタル・ゴルフ・リゾートでした。
 いつも通り猛暑の中でゴルフを終え、3、4台に分乗してバラバラっと島に向かいました。そのブキタンブン・インターに戻った時でした。誰かが道路の端で寝ています。おやっと思ったらその周囲にいるのは仲間たち。僕は高速の誘導路から猛スピードでバックして、それが長野から見えたNさんであることを確認しました。すぐに島の中のアイランド・ホスピタルに運びこみました。結局Nさんは1時間くらいで無事回復しやれやれと胸をなで下ろしたことがありました。日本から来た方は、特に高齢の方は暑さのために熱中症になりやすいのです。僕たちはそれなりに<対策>を知っているので何とかなりますが、急に訪れて炎天下のゴルフは十分な注意が必要ですね。

 さて、梅雨が明け本格的な夏になります。どうか熱中症になりませんようにお気を付けくださいまし。
<写真は文中に出てきた「Kristal Golf Resort」、
クリックで拡大します>

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2009年7月23日 (木曜日)

楚々と咲く「ハンゲショウ」、思いは若き日の新宿へ

Hangesyou001  松戸市の21世紀の森と広場公園で見かけた「ハンゲショウ」です。漢字で書くと「半夏生」または「半化粧」と書きます。公園の裏手、朝から夕方まで直射日光が差しこまない場所にこうしてほんの数株だけひっそりという感じで咲いていました。

 若いころ僕は新宿3丁目周辺に夜な夜な飲みに行っていました。いわば自分のホームグラウンドとも言える街です。新宿にはピンからキリまでの飲み屋さんがあります。今はなくなってしまいましたが『花暦』という和風バーが僕の常宿でした。カラオケも設備はありましたが僕は流しの健ちゃんと友達だったので、彼のギターで気持ちよく歌いました。今考えてもマイクなしって本当に良いものです。ただし、ほかのお客さんにはずいぶん迷惑かけたかもしてませんね。でも常連客が多かったので救われたのでしょう。
 そして今、この年になってトカイナカに住み、季節の花を追いかけて「花暦」を楽しんでいるんですからねぇ、何の脈絡もありませんがよくできた話です。

 よくできた話と言えば、当時(30年前後の昔です)、三光町の交番の近くに「お多福」という居酒屋さんがありました。
 いつもの通りいい加減酔っぱらってそろそろ帰ろうかという頃、悪友どもと仕上げに寄る店は決まっていました。どこかのママさんが後追いで来るときは焼肉の「長春館」、このお店は味が絶品で、芸能人、著名人をお見かけすることはざらでした。もちろん今も営業しています。
 ほかには忘れてしまって名前が出てきませんが交番裏手の蕎麦屋かラーメン屋、あるいはこの「お多福」と相場は決まっていました。蕎麦屋もラーメン屋も極めつけの味で、どちらも友人ともどもすっかり<馴染み>になっていました。若い時の僕は毎日がこんな生活習慣でした、このトシで体重95kgを維持しているのも合点がいくというものです。
 その「お多福」のママさんは当時で60歳そこそこの君ちゃん。この君ちゃんは若い時はどれほど美人だったろうかと思わせるに十分な人でした。オミズの世界では年を取るほど化粧が濃くなる方が多いのですが、この君ちゃんは本当に薄化粧でした。他人の半分くらいしか化粧しないんじゃないかって噂でした・・・・。だから「ハンゲショウ」?!なんてね、ちょっと無理がありましたか?
 今日はオチがバレバレでした。でも、この梅雨明けのころ、日陰に涼として気高く咲くモノトーンの美しい花「ハンゲショウ」を見ていたら、ふっと君ちゃんを思い出したんですね。これはマジな話です。<写真はクリックで拡大します>

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2009年7月20日 (月曜日)

ワトソンさんに夢を見させてもらった

Golf002_2  全英オープンの最終日はまさに混とん(カオス)に満ち満ちた一日だった。伝統のトロフィーに138人目の名前を刻まれるたったひとりだけの栄誉を渇望し、一体何人が手を伸ばしたんだろう。ウエストウッド、エルス、グーセン、クリス・ウッド、ゴーギン、ドナルド、フィッシャー、果てはイタリアから参戦した16歳のアマチュア、マナセロまでもが・・・。
 選手たちは強風の中、あたかも滑りやすい崖の岩にしがみつくようにして必死に手を伸ばした。残酷な勝利の女神は彼らを岩から引き剥がし、次々に海に突き落として行った。サバイバルゲームなどと浅薄な言葉では伝わらない壮絶な戦いだった。

 すべてのプレーヤーがホールアウトした18番ホールに、たった一人残されたワトソンさんは3メートルのパーパットに集中していた。完璧だったはずの2打目がグリーンをオーバーしたことを悔いてる余裕などなかったろう。入れれば「勝利者」になれる。そこには1914年のハリー・バートン以来、全英6度目という最多優勝記録と、何より1867年に46歳で勝ったトム・モリス(父)以来となる世紀を超えた最年長優勝が掛っていた。そればかりか、これこそがプレビアスな記録で団塊世代の僕たちの夢も同時に背負っていたのだ。

 ワトソンさんはパーパットをわずかに右に外した。ワトソンさんは72ホールの戦いで己のすべて出し尽くしたんだろう、すでに燃料タンクにはエンプティのランプが点滅していたのだ。だからプレーオフに燃やす炎は残ってはいなかった。
 短いスコットランドの夏の1日は終わった。最後に微笑んだのはスチュアート・シンクだったけれど、僕はワトソンさんに夢を見させてもらった。今年9月4日に60歳になる人はあの難しいリンクスで、フェアウエイキープ率約70%、平均飛距離295ヤード、4日間通じて3パットゼロという数字を残した。59歳が実に鮮やかに展開したゴルフと世界ランク上位がバタバタ倒れて行く様子に、ゴルフって一体なんだ?という根本的なことを考えさせられもした。

 僕は4日間朝3時半まで起きて、ワトソンさんの雄姿に夢を見させてもらった、そして元気もいただいた。この長いドラマの結末は決して僕の希望通りではなかったけれど、今年のターンベリーは生涯忘れることはないだろう。
 来年の全英オープンは150年のアニバーサリーだそうだ。出場を明言したワトソンさんの全英シード権も最終年になる。

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2009年7月18日 (土曜日)

人種の差、感情表現を学ぶことも大切、ターンベリーは石川遼プロに夏休みの宿題を与えてくれた

Tiger001  全英オープンはいよいよ決勝ラウンドに突入、なんといってもトム・ワトソンさんの活躍は特筆に値します。もうすぐ60歳という経験豊かな部分を最大限に引き出してというか、過去全英5度の優勝というキャリアが生きているラウンドにはしびれます。ちなみに僕は大ファンで、ご覧のようにこのホームページのURLにも”tomwatson1949”というコードを使っています。1949は彼の生まれた年ですね。

 日本の若武者石川遼プロは惜しくも4日間ターンベリーでプレーすることを許されませんでした。でも彼なりに大きな収穫はあったんだと想像しています。僕はタイガーも石川遼プロも好きですが、単なるゴルフファンで特別な傾注はありません。そう前置きしたうえで、昨日のバックナインを検証してみます。もちろん僕なりの個人的な見解です。

 10番で石川遼プロはトンでもないフケ球を打ちボールは大きく右のラフへ。ここまでのフロントナインはそれなりのプレーでした。でもあの雨風ではそんなこともあるでしょうね。でも、問題はそのあとにおこりました。
 続いてティーショットを放ったタイガーのボールは(記事によると)50ヤードも右にそれて飛んで行ったそうです。結局彼のボールは見つかりましたが、探す時間が5分を超えたということでルール通り<ロストボール>になりました。そして直後のタイガーは落とし穴に落ちたトラのように動揺し暴れました。「FUCK!!」と言ったかどうかは分かりませんが、ティーボックスを降りて行きかなり大きな声で苦悶したとあります。
 さぁ、それを見ていた石川遼プロはどういう精神状態だったでしょうか?わかりません、神のみぞ知る・・・。でも目の前で穴に落ちで苦しんでいるのは、世界ランク1位のタイガー・ウッズ、自分が憧れていた選手です、石川遼プロが落ち着いていられたでしょうか、「もしかしたら彼の見たこともない乱調は、僕の存在も関係しているんじゃないだろうか・・・?」と考えたかもしれません。
 石川遼プロはそのホールの2打目、冷静になればサンドウェッジで70ヤードも出して、次の寄せワンを狙えたかもしれません。到底無理なクラブでドーナツバンカー方向に打ち、結局はアンプレアブルからダボになりました。彼がロングアイアンで無茶ぶりしたとき僕は息をのみました。行った先は最悪でした。
 それでもドーナツバンカーの中のラフで、イーストウッドが見つけてくれなかったらダボでは済まなかったでしょうね。ゴルフはアウトドアで戦うスポーツです。周囲でどんなことが起ころうと、集中力を切らさないでプレーすることが要求されているのです。

 人間には人種という差があります。タイガーは肉食で石川遼プロは草食系なのです。その差は喜怒哀楽を表現する時の差となることを学んだかもしれません。決して自分から口にはしないでしょうが…。自分のゴルフの集中力をそのことで仮に欠いたとしたら、もうそれは学習すべきですね。あそこから石川遼プロは自分のゴルフができず、11番、12番と短いパットを決められずずるずるとボギーを打ち続け彼の全英2009は終わりました。

 今年のジ・オープンはどんな結果になるか想像もできません。でも、常に冷静だったイーストウッドも含め、あの10番のすべてのショットは深く僕の記憶に刻まれました。

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2009年6月28日 (日曜日)

北朝鮮の鉱山で労働する米国人女性記者二人

Kouzan001  以前ニキ・カーロン監督作品で「スタンド・アップ」という作品を見た。2005年、この映画でアカデミー賞主演女優賞を獲得したシャーリーズ・セロンの演技力には舌を巻いた。
 噛みあわない人生に打ちひしがれ、彼女(ジョージー・エイムス)は暴力夫に別れを告げ故郷に帰る。しかし仕事が見つからない。結局これしかなかったと言える鉱山の仕事になんとかありつく。ところがそこは“男の職場”だ、徹底的にセクハラ・パワハラの雨が毎日降り注ぐ。
 しかし耐えて耐えて収入を得なければ一人息子は生きていけない。その一人息子も故郷の父親も彼女には驚くほど冷酷に接する。耐えがたい屈辱の日々だったが彼女はある日意を決して立ち上がった。そのたった一つのアクションが周囲を変えていく、まるでメリーゴーラウンドの景色がめくるめく変わっていくように。

 「人」の人生は決して思うようにいかない、それどころか逆回転することさえある。しかし、じっと坐しているだけでは何も起こらない。周囲と波風立てずにうまくやろうとするばかりで自分という存在が時間とともに薄れて行く。世間にはこんな人がたくさんいるんじゃないかな。
 しかし。誤りは誤りとして立ち上がる、周囲に助ける人がいなくても自分を信じる、そこから道が開ける、そういうことは映画ではなくごく普通にある現実の姿なのだ。
 実際ジョージー・エイムスはお金や名誉を超えた人間の尊厳を手に入れた。自らの手で道を切り開くこと、それこそが人間の生きる道なんだ。---そして、これは実話に基づいたスストーリーだけに僕たちに小さな勇気を与えてくれる。僕自身、一応諸悪に目をつぶらずにぶち当ろうと心がけた人生の心算だったが、まだまだ甘いものだったと思い知らされた。

 北朝鮮で拘束されたアメリカの女性記者2名は、裁判所が「朝鮮民族敵対罪」と「不法国境出入罪」で、2人に12年の労働教化刑を宣告した。ふたりはアメリカ「カレントテレビ」の記者で、韓国系米国人のユナ・リーさんと中国系米国人のローラ・リンさんと伝えられている。国境付近の川にいたというが、国境越えは未確認、政治的思惑で「拉致」に近い状態だったんじゃなかろうか。そんのことフツーの国なのだ、北朝鮮という国は。
 二人は北朝鮮北部の鉱山で過酷な労働を強いられる。映画の中では過酷な条件を乗り越える勇気を発揮するシーンがあった。しかし、それさえも可能性がない場所に幽閉されてしまったのだ。個人で立ち上がれないなら、米・中・韓は国の威信をかけて即座に行動を起こすべきだ。

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2009年6月23日 (火曜日)

もっと「新聞」を疑いましょう!

Shimbun001  たしかに「新聞」という産業は、今日に至るまで(ざっと100年)社会的な役割を果たしてきました。しかし、昨今の悪行にはあきれるし、もう環境保護の時代に森林伐採は終息すべきで、新たな紙を使わないネット時代を構築することを急ぐべきというのが僕の意見です。
 僕は日本人の特徴としてふたつだけ挙げろと言われれば『際立つ優秀性』と『盲目的支配』を挙げます。能力に溢れた民族ですが、大きな権力に対しては「寄らば大樹の陰」という生き方の便法が身にしみついているのもまた事実でしょう。文句言わずに大きな権力には従うのが賢いのだという考え方です。新聞は功績もさることながらその悪行も巨悪で、一般の人は何が悪いのかの判断ができていません。

 昨日のニュースです。コンビニエンスストア最大手のセブン―イレブン・ジャパン(東京)の本部が、加盟店に対する優越的な地位を乱用して弁当などの値引き販売に圧力をかけていたことが発覚し、ついに公正取引委員会から排除命令を出されたのです。つまり本部はいままで言うことを聞かないお店には「クビにする」というニュアンスの圧力をかけていたのです。簡単に言うと、値引き販売は消費者には有利ですが本部は不利になるのだということを本部自体が認めたという画期的なニュースです。

 皆さんは新聞の購読料(新聞代)がなぜ日本中同じ(セット版と統合版に関して)なのかと考えたことがありますか?馬鹿げた話ですが日本国家が「特殊指定」という、前時代的なあきれた法律を適用し消費者の不利を黙認しているのです。僕は完全な独占禁止法違反だと考えていますが、政党の機関紙化した大手新聞社や聖教新聞から赤旗まで、その保護のおかげでのうのうと莫大な利益を上げ勝手なことが通用している現実なのです。国会議員だって保身のために知らんプリした輩ばかりではありませんが、新聞に正義をかざして窮地に陥る勇気のある人は少数です。

 セブンイレブンの記事を出しました。新聞業界が非常によく似ています。特に新聞社と地域の販売店の場合はもっと激しく、<片務契約>という特殊な関係にあることが多いのです。販売店は極端に弱い立場にあり正義を唱えれば即刻クビ、という可能性があり実際にそういう例は山ほどありました。また、取引構造が場合によって新聞代原価より折り込み収入が同じとか勝るということもあって、販売店の一蓮托生を誘う要因もあります。新聞社は好きなように販売店に対し押し紙(強制仕入れ)を行い、このツケは広告主や購読者が背負っているのが現実です。そしてそして、それは資源(紙)の大量投棄(とはいっても今古紙は結構高価で売れますが…)になります。でも、知る由もありませんよね、特殊な世界だけに一般にはね。
 セブンイレブンの一件は、将来善意ある新聞販売店から同様の申し立てが勃発し、場合によると組合設立などの動きになるのは時代の趨勢なのかと思わせる点でビッグニュースといえます。場合によってはですが、新聞の発行本社は流れとしてネットに移行して販売店の見限りに至るとなるならば、一体どう責任を取るのでしょう。

 新聞はあまりにも長い間国民の間で『習慣化』し、盲目的に信じる国民性もあっていまや巨悪の伏魔殿になってしまいました。黒いベールは国中を覆っていますが、もうそろそろ購読者も巨悪に気がつく時が迫っているようです。

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2009年6月17日 (水曜日)

ガンバレ NIPPON! W杯へあと1年

Football001  今夜はW杯のアジア最終予選がメルボルンであり、我々の思いは通じずオーストラリアに1-2で負けてしまいました。アウェイであり、決してベストメンバーではなかったので、まあ、良く考えれば手の内明かさずに予選終了したことはある意味仕方なかったかなと考えています。(負け惜しみにもならんかな)

 昔、ローマを旅していて偶然手に入ったサッカーのプラチナ・チケットを思い出しました。話すと長くなりますが、人に頼んで手配してはおいたものの、非常に入手困難という話だったのでほとんど忘れかけていましたからメチャ嬉しかったですね。チケットは1枚だけでしたが、なんと「ローマVSユベントス」というナイスなカードです。それほどサッカーに詳しくない僕でも舞い上がりましたね。当時ユーベにはジダンが所属していてバリバリの時でしたからね。

 ローマのサッカー場はローマ・オリンピックの時使用した陸上競技場の隣にあります。僕はそこへ向かう途中、前後をパトカーに挟まれた大きなバスを目撃しました。4車線道路のセンターラインの真上を、サイレンをワンワン鳴らしながら猛スピードで突っ走って行ったバスにはローマの選手が乗っていました。あの慢性的渋滞に困っているローマの街も、彼らにかかってはアウトバーンの高速道路のようなものです。えらくカッコイイなと思いましたね。

 競技場に入ってから僕はイタリアのサッカーファンと感激をともにしました。見たこともない量の、しかも先も見えないカラフルな煙幕の中で肩を組み、知らない人たちと知らない歌を唄い応援しました。2列ほど前に美しいお嬢さんがいたので僕はそっと席を移り、彼女と適度にホットな感じで肩を組み国際的な交流をしました。(日本のオヤジやっちゃいましたかね)
 ジダンはもう僕たちの20mくらい前を歩いています。興奮しましたね、ホント。試合は前半0-1でローマは劣勢、しかしなんと後半猛攻撃を仕掛けついに2-1と逆転、ピッチも観客席も興奮に包まれたままゲーム終了の笛が鳴りました。言うまでもなくローマファンには最高の試合でした。

 興奮は試合後も続き、競技場周りは完全に無法地帯、車両が入れないゾーンにドでかいバイクが武田信玄の幟(のぼり)旗のようなものを後ろにおっ立て、何台も紅白の煙とともに轟音を立て走り回り、車のサンルーフからはほとんどゾンビのような化粧を塗りたくった若者が首を突き出し奇声を発していました。僕はまるで黒沢明さんの戦国映画の中にいるのかと錯覚したくらいです。ローマが勝ったから良いものの負けたらどうなったかなとちょっと怖くなりました。
 英語はほとんど通じずタクシーなど周辺にはなくて、ホテルへ帰るのに路面電車を乗り継ぐなどして、相当苦労したことを思い出しました。

 南アフリカの大会まであと1年、なんとか我らがNIPPONも、あの時のローマのような試合をして見せてほしいなと思いました。 

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2009年6月16日 (火曜日)

名人戦の大一番真っ最中!

Syougi001  ♪吹ぅけぇばぁ、、飛ぶようなぁ、、将棋の駒にぃ~、懸けたぁ命を笑わば笑え・・・、
 というのは、1961年、西條八十作詞、船村徹作曲の演歌『王将』の一節です。この村田英雄さんの曲がいかにヒットしたかというと、あの当時ナント150万枚を売ったっていうんですからスゴイことです。
 これは阪田三吉という稀代の名棋士を歌に詠んだものです。『銀が泣いてる』という名台詞とか、昭和12年には木村義雄八段と世に言う「南禅寺の決戦」を戦い、後手番なのに初手から端歩を突くという(歌詞に出てきますね)、ある意味の天才将棋を指した人だ。晩年には第二期・将棋名人戦リーグにも参加している。
 将棋の名人戦はいくら書いても書ききれないほどの歴史を秘めた日本一の棋戦で、将棋ファンには気になって仕方ないことの一つだと思う。

 その名人戦も今年は67期を迎えている、そして今日はその第6戦が、京都市下京区の東本願寺「渉成園」で行われている。現在の名人は羽生善治(はぶよしはる)さん38歳、挑戦者は郷田真隆(ごうだまさたか)九段で同い年。昨年の今ころ、時の森内名人を打ち負かし名人位を奪取した羽生さんがここまで苦戦していて郷田挑戦者の3勝2敗。郷田さんはこの1局に勝つと初の名人位に就くことになる大一番なのだ。羽生名人はなにがなんでも勝って、最終局に決着を持ち越したいと考え頑張っている。いずれにせよ結果はあと数時間で出る。

 最初に♪吹ぅけぇばぁ、、飛ぶようなぁ、、・・・と書いたけれど、僕が子供のころたしかに「将棋」というゲームはマイナーどころか差別されていた。僕は小学生時代、親に隠れて将棋を指した。今そんな風に書くと若者は信じられないかもしれない。当時は囲碁、将棋、麻雀はほぼ同罪で、そんなことしていると親の死に目には会えないと、<勝負事>、<賭け事>という括りで蔑視されたものだ。実際身近に真剣師(賭け将棋でメシを食べている人)もいたからね。
 今はパソコンやニンテンドーなどのゲームで堂々としたものだ。プロ棋士は人々に楽しみと喜びと勇気を伝えてるんだから立派な「仕事」だと認知された。ちょっと乱暴な言い方をすると、「仕事」とはすべからくそんなものなんだろう。

<追記=結局第6戦は羽生名人の勝ち、決着はいよいよ第7戦に持ち越されました。楽しみです>

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2009年6月14日 (日曜日)

黒船に乗ってはるか日本に来たビールだって!

Beer001  これからは暑い夏に突入します。僕は寒い冬のシーズンが苦手で、どちらかというと酷暑といえども夏のほうが好きです。
夏の楽しみの一つに「ビール」があります。ビールはなにかの雑誌で読みましたが、
気温が22度を超えると、まるで運動会の徒歩競争みたいに”よ~い、ドン!”と売れ始めるんだそうです。フム、そんな相関関係があったのか。アインシュタインだって気がついてなかったろうな。

 ビアーガーデンで冷蔵庫から出したばかりのジョッキにナマを波々と注ぐ、目の前には枝豆、生ハム、アツアツのコロッケとから揚げが僕たちの顔を覗き込んでいる。右手にジョッキの重さを十分感じながら口に運ぶ直前の一瞬には、この酷暑への恨みつらみがすべて包含されている様な気がします。そして一気に咽喉に送り込む、氷柱を抱いて摩周湖に飛び込んだようなこの爽快感はなんだ!赤穂浪士が吉良上野介の首級を捧げたときに近いんじゃないか・・・、「♪カンパ~イ!!」
 と、空想ばかりでは淋しいんですが・・・。

 オーストラリアを旅したときにはそれはうまい地ビールをたくさん飲みました。そもそもあの国は地ビールの宝庫だ。土地土地で仕込んだ極めつけの上物がゴマンとあります。つまみはロブスター、僕は日本のロブスターは好まないが、それはオーストラリアと比較するからかもしれませんね。アチラは材料も調理も全然違う。これと地ビールの組み合わせは格別です。

 横浜に「YOKOHAMA XPA」というビールがあると聞いてぜひ飲みたくなった。昨年、横浜開港150周年を記念し、明治維新前夜ペリー提督が黒船に乗り赤道を越えて日本に持ち込んだビールを再現したといういわくつきのビールらしい。ところがこれが昨年6月の発売以来、トンでもない人気商品になっているとのことだ。
 製造元は「サンクトガーレン」という地ビール醸造所で神奈川県厚木市にある。今年の6月からは、今までの月産約6千本を1万2千本に倍増するんだそうだ。確かに人気なんですね。
 大手ビール会社のビールというと貯蔵工程で熟成させるラガー(下面発酵)スタイルであるのに対し、製法も味も対極にある酵母を常温で短時間に発酵させるエール(上面発酵)スタイルにこだわる。このロングヒットを続けるサンクトガーレンの岩本伸久社長(46)はビール造りは「ビールは思い入れの一言に尽きる」と語ったとのことだ、そんなもんなんですかね。

 XPAはホップの量も使い方も通常のものより多いんだそうだ。ペリー提督が飲んだものに近いビールを飲んで、幕末を駆け抜けて行った歴史人を思うのもオツなことかもしれない。とにかく早くどこかで手に入れて飲んでみたいビールです。

<写真は国立歴史博物館で撮影したぺリー提督にビールを合成したもの。クリックで拡大>

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2009年6月13日 (土曜日)

留置場弁当はそんなにうまいの?

Bentou001  僕はお弁当が好きです。いろんな材料がバランスよく配され、見た目もおいしそうだからです。
 最近は盛んに書いているとおり「ランチンパク(ランチ・イン・パーク)」を推進していて、公園でお昼ご飯を食べましょうと薦めまくっています。実際、陽気の良い季節、天気の良い日を見計らって戸外で食べる食事は一味も二味も違います。
 ネタもその都度変えてみる、汁ものも容器に入れて温かいまま飲めるようにするなどちょっとした工夫も楽しいものです。昨夜の残りものもシチュエーションが違うとまたまたおいしい。
 本格的なキャンプ道具などでは嵩張って面倒なのでそこまでは凝らず、余裕があるときはせめてカップやプレートをちょっとオシャレなものというのもいいですね。おいしい食事のポイントは「空気」ですから。
 それから、
野菜サラダは吉野家の牛丼の容器、あれって使い勝手がいいんです、アレには生野菜がぴったりですがそのほかにもアイディア次第というところがあります。とにかくあまりお金を掛けません。ランチンパクは経済的なんです。 

 一口に「お弁当」といってもいろいろありますね、弁当の思い出もずいぶんあります。書くとキリがありませんが、小学生の頃は学校へ弁当を持って行きました。冬場は教室にダルマストーブがあって石炭が真っ赤に燃えています。その周囲に子供たちは弁当を置きます、冷たくならないようにね。それが3時間目ころから食欲をそそる香りを教室中に充満させるんですね、妙に沢庵は良い香りがするんですね、これはたまりませんでしたね。

 昔、仕事で子供向けのイベントを企画し実行したことがあります。練馬区民センターの大ホールを借り切って、当時人気だったチャック・ウイルソン(今知ってる方はあまりいないかも)氏を呼んで、子供たちと腕相撲大会をしたんです。結果は、僕らの足を引っ張る勢力があってみごとに失敗しました。そのことより記憶にあるのは、そのチャック・ウイルソン氏が食べたお弁当、3,600円もする豪華版をあっという間に二人分平らげたことでした。スタッフ一同お口アングリでしたね、さすがに。

 先月31日、兵庫県明石市のインターネットカフェで無銭飲食した男が逮捕されました。情報を見て思わず驚いたり笑ったりしましたね。なぜってその男は以前の事件で明石署に捕まった時、留置場の弁当がやたらうまかったからもう一度逮捕されて食べたいというのが理由でした。つまり、弁当食べたさにわざと7,450円の無銭飲食したというのです。

 いったいどんな弁当なんでしょうね、気になりませんか?僕も何か事を起こして食べてみようかなあ(?)。明石署の留置場で提供される弁当は、米飯と数種類の総菜が入り、一食約400円だそうです。
 あっ、その容疑者ですがね、明石署の留置場は満員で兵庫県淡路市の別の警察署に収容されたということです。苦労が報いられず残念だったでしょうね、割りきれなかったでしょうね、何となく同情します。

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2009年6月12日 (金曜日)

梅雨入りです、明日はオタマジャクシが降るでしょう

Otama001  最近の世の中は何が起こってもおかしくありません。石川県ではたくさんのオタマジャクシが空から降ってきました。どうも地域的なサイクロンや竜巻などではなく、田んぼで食べすぎた鳥が吐き出した可能性も少ないとみられています。今のところ原因がまったくわからないそれこそ「珍事」です。
 なんせ、最初は七尾市の駐車場だってンですから・・・、中島市民センターの駐車場にいた男性職員が「ボタッ、ボタッ」という鈍い音を聞いたというんですからフツーではないと思いますよ、これは。彼が振り返ると、車の上や地面に体長2~3センチのオタマジャクシが大量に降ってきたということのようです。
 僕は、子供好きな彼が奥さんの妊娠を喜ぶあまり、オタマジャクシのようにたくさんの子供に憧れて半分夢でも見たんじゃないかというオチを予想していました。ところが話はシリアスそのものなんですね。

 オタマジャクシは彼の車の天井やガラスなどに体長3~5センチのものが約10匹、さらに周囲で100匹ほどが死んでいました。特にオタマジャクシをばらまけるような高い建物も山もなく、「空から落ちてきたとしか思えない」と語っています。そして翌日にはそこから5キロも離れた所でも・・・・、これは大変だ!

 「オタマジャクシが降った」という話題はその後拡大しています。さらに南へ約15キロ、その5日後には中能登町でライトバンの荷台や側溝でフナとみられる3~5センチの小魚が10匹以上死んでいたんだそうです。ヒッチコックがよっこらショッと墓場から出てきそうな不気味な話題はこれからどんな展開を見せるんでしょうかねぇ。どうせ降るならビキニ姿の美人とか万券がなんて・・・・、いや思っていませんよ。

 さぁいらっしゃい、映画好きのあなたの出番です!もうこうなるとオカルト現象につき合ってる暇なんかありません。映画『マグノリア』の出番ですね、もうそう言いたくて仕方なかったんでしょうね、ハイハイ。
 ある意味で面白い映画でしたねぇ、当時はなんと荒唐無けいな映画だとか言ってすこし差別していましたが、それどころか近未来を予測していたんですね??ハイ、参りましたよ。まだマグノリアを見ていない方のために伏せておきますが、最後にアルものが空から想像を絶する数、バラバラバラバラと降って来るシーンは今になるとふ~んという感じです。何とも言えませんね。サイナラ、サイナラ。

 お~たまじゃくしは、かえるのこぉ-----っと。

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2009年6月11日 (木曜日)

我孫子、手賀沼、白鳥の家族

Swan0902  僕は柏市に住んでいます。隣は我孫子市、僕はその我孫子市がとても好きです。前にも書きましたが手賀沼(柏と我孫子に跨る)があるというのもその理由の一つです。あの湖畔の周辺の整備された遊歩道を歩いているのは大好きな時間のひとひらです。今でいえば揺らめく緑の向こうにきらきらと光る湖面、その水面のわずか3センチほどをスッ--っとを吹き渡る風が体を包む。自然のあるがままに四季折々の色に溢れ、四季折々の鳥が囀るんです。
 また、手賀沼周辺には大正以降、武者小路実篤、志賀直哉、柳宗悦、バーナード・リーチ等、たくさんの人に愛された芸術家たちが集いました。手賀沼は文学や民芸運動を通じて心のメッセージを伝えてきたという側面もあります。

  我孫子には無数の古代遺跡が発見されています。いつかご紹介したように、柏の郷土資料館にはその貴重な資料が展示されています。そこの展示によると、最も古いもので後期旧石器時代(約3万年~1万5千年前)の「後田南遺跡」があります。縄文時代に入ったころからはもう集落がつくられ定住が始まっていたとのことです、何となくですが僕は「あびこ」という音に、古代の、縄文人のあるいは沖縄言語のルーツを感じてしまうんですが、ちょっと飛躍なんでしょうね。でもそのころは海岸に面した場所だったということで、沖縄と交流があったかもしれません。想像はいくらでも飛躍します。

 江戸時代、我孫子は江戸城下の食糧一手引き受け地としてその存在がありました。野菜だけではなく、特に有名なのは鰻とカモです。今もカモ猟などに使った道具が残されています。その後、手賀沼は水質が悪化した時期もありましたが今ではずいぶん改善され、野鳥が集まる憩いの場所になりました。
 先日訪れたとき、ハクチョウの一家に出会いました。場所は手賀沼大橋の柏側の下でした。大津川流域の家族とはまた別なもので、こちらには6羽の子供たちがのびのび過ごしていました。湖面に浮かんだハクチョウ型のボートが、見るともなしに彼らを見ていました。

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2009年6月 9日 (火曜日)

心の脇にあるホツレを癒してくれるグループ

Ildivo002  僕が中学生になった頃、ビートルズが世界的な一大ブームを巻き起こした。1966年、日本に上陸するまで<ラヂオ>は運動会のスピーカーのように彼らのロックを流し続けた。リバプール・サウンズは、もともとアメリカの黒人音楽でリズム・アンド・ブルースにルーツがあったせいか、日本人もすんなり受け入れられた。僕は大ヒットした「イエスタデイ」にはそう感じられても、「ハード・デイズ・ナイト」辺りはまだよく理解できなかった。ちょっときつかったのかな。

 僕は当時ラヂオで音楽を聴くほか、小さくてチャチな赤い蓄音器を持っていて、レコードや雑誌の付録のソノシートをかけたりして楽しんでいた。ジョージ・ガーシュインの「スワニー」などの穏やかな曲が好きだったが、ビートルズ以降、好みも少し変わっていったかもしれない。
 高校に入ってからはジャズというものを聞いてえらく気に入ってしまった。お金がなくてレコードも簡単に買うこともできなかった。それにバスで40分以上乗らないと大きなレコード屋さんが家の近くになかった。やはり、雑誌の付録のソノシートを探しまくっていた。

 今になってみるとビートルズの良さがよくわかってきた。やはり音楽を基本的に変えたという点でも大したものだったんだ。
 特に日本は音楽に関しては世界の後発組だった。滝廉太郎の「花」辺りが黎明期だったと思う。明治維新以降西洋の音楽が入ってくるまでは音曲、義太夫、民謡などの伝統的な音楽のみだったから、江戸から約100年を経て一気にビートルズサウンズと大変貌を果たしたことになる。

 最近、人から借りたCDで「Il Divo(イル・ディーヴォ)」という男性4人のグループの音楽を聴いた。なかなか素晴らしかった。最近はアト拍のジャズ耳になっていたせいか、この方面の音楽は心の脇にあるホツレを癒してくれる。毎日酒ばっかり飲んでる人が、たまに甘いものを求める様なものなんだろうか。
 それはよくわからないが、クラシック出身が3人でポップス系が1人、アメリカ・スイス・フランス・スペインという組み合わせ。
 日本にも一昨年来ていて大成功を収めている。CD,DVD、組み合わせなど何枚もリリースしているが、僕のお勧めは「ANCORA」と「Il Divo」かな。これはぜひ一度…と書いておこう。

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2009年6月 5日 (金曜日)

江戸の風流、平成ではサラリーマン川柳で名残

Edoukiyoe001  江戸時代、「川柳」というものが大流行りしました。
 柄井(からい)川柳という人は今でいう句の採点者(当時は点者)で、江戸時代中期に有名になった人です。彼の名前がそのまま「川柳」として残っているわけです。川柳は今では江戸の人たちの暮らしぶりや風俗を知る貴重な資料になっています。そして、その数たるや、現在わかっているだけでも30万句はあるといわれています。

 僕は以前にも書きましたが「江戸」のことを調べるのが好きです。本を紐解き川柳を読んでいると、あまり真面目ばかりに人生を考えない江戸人の風潮が何となく好きになります。まぁ、どう考えても一局(一生)ですが、どう考えなくても一局なのは間違いないようです。実際はそう言ってられませんがね…。

 当時『前句付』という遊びがありました。・・なんとか・かんとか、、という前句を出題して、後の句を公募するもので、当時からキチンと15文前後の応募料を取っていました。それだけに優秀な句には賞品がついたということです。賞品の記録には会津塗りの膳椀セットなどすごい豪華なものがあったようです。それだけにみんな真剣で、だれが選ばれたか、どんな句だったかということで好奇心が人気を呼んだということです。
 そしてそれらは本になり出版され、延々と何十編に及んだというからすごいですね。
 『つまるところ酒屋が為の桜咲き』てな具合です。

 さて、平成の世では生命保険会社が『サラリーマン川柳コンクール』なるものを毎年発表しています。江戸川柳からの流れに違いありません。

 今年の1位は4119票を獲得した「しゅうち心 なくした妻は ポーニョポニョ」(オーマイガットさん)に決定、細かいコメントは反論が怖いので避けますがなかなか鋭いところを突いていますね。年々太って行く妻に妙な安心感と迫力を感じるものですよ・・・夫としては・・・、ハイ。
 そのほか「朝バナナ 効果があったのは お店だけ」とか、「やせたのは 一緒に歩いた 犬の方」などどうしても体重と戦う様子が切実になってる様子がよく出ていると感じました。句を作る原点は共通点を感じるものの、どうも「メタボ」という点で江戸と大きく違うんでしょうね

<写真は佐倉市の国立歴史博物館にて撮影したもの。クリックで拡大します>

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2009年5月26日 (火曜日)

餓鬼に拳銃持たすな!

Gun0014  子供のころ、人と人は腹を割って話し合えば解決できない問題はないと教わりました。大人になるとそれがいかに詭弁であるかということがわかってきます。特に最近の北朝鮮事情はそのとおりということになりますね。

 北朝鮮が二度目の大規模地下核実験を行いました、マグニチュード5.3を記録する規模だったという。それに対し、日本は実に鷹揚で緩やかな対応を見せているようですがそんなのんびりしたことでいいのかなと思います。もっと、輸出入の全面禁止とか、相互の入出金の禁止などあるんではないでしょうか。
 まるでおどおどした態度はまさに敗戦国日本の評価であって、諸外国から見れば「チキン」といわれるかもしれません。流れとして(素人でもわかる)、北朝鮮は核兵器を弾道ミサイルに搭載するのも時間の問題なんでしょうね、あと5~6年かな。
 餓鬼に拳銃を持たせると、それを使いたくなってみたり、それ自体を脅しの道具にすることは容易に想像できます。暴発だってあるかもしれません。早期に悪の芽は摘み取るべきです。

 世界中の国はそれぞれ自由な国づくりに勤しんでいるし他国にとやかく言われない治外法権があります。それにしても国際的なルールというものはあるんじゃないのかな。
 6ケ国協議なんてや~めた、もう出席する気はないよ、核の開発だって止めると言ったけれど気が変わったのよ、これからは好きなだけやるんだ、拉致問題、知らないね~。偽札?麻薬?・・・、そんなの安易に普及させるほうが悪いんじゃないのか、、、。ご立派な意見ですね。すでに国連やなんとか会議を経て、、、な~んて悠長なこといってる段階は終わりましたね。

 いままでまぁまぁと言いながら理不尽な国を抑えてきましたが、そのことに費やした支援金はすべて自国(支援国)に向けた核ミサイルの資金になりました、おめでたいことです。約束を守ると信じてきた前提自体が間違っていたんでしょうね。いや、もっといえば、6ケ国協議そのものが意味なかったっていうことです。

 もうこれは将来に対する迷いのない道筋ができつつあるということなんでしょうかねぇ

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2009年5月22日 (金曜日)

マスクに対する考え方も、国によってさまざま

Mask002  新型インフルエンザがついに関東に来襲、人々が一斉に薬局に押し寄せ、ついにマスクが売り切れとなっているようです。
 今日、たまたま開店直後の薬局に行きました。僕はマスクを買う気はなかったのですが、マスク売場で何やらももごと、先に来た若い子供連れのお母さんがそこにあった10枚ほどのマスクをすべて買ってしまったのを、続いて買いにきたおばさんが不満をぶつけたので諍(いさかが)いになりました。
 人口密集地域が多い国内事情を考えてか、不安感がいっぺんに拡大する国民性もあります、その様子を見ているともう緊張感パニックのハシリといっていいのかなと思いました。こんなときほど冷静にならねばならないのに、どうもその辺がうまく機能しませんね。
 それよりも実際にマスクがどれほどの効果があるのか判然としてません、まぁないより良いという程度のものでしょうか。それをもめ事になるなんてとちょっとため息が出ました。
 
 イギリス政府はマスクについて「感染を防ぐという科学的根拠はない」と言っています。市民には「口と鼻を手で触るのを控える」「人ごみを避ける」といった対策のほうがマスクよりも重要だとも。考え方が若干違いますね。
 アメリカ人は基本的に<強がり>で<粋がり>というところがあります。感染の端緒となった都市でありながら、マスクもせず実に平静です。
 あるニュースには予防のため、日本からマスク5枚を持参した人がニューヨークで「怖がる必要はない病気でしょ。マスクは格好悪いからしていない」と言われて拍子抜けしたとあります。マスク姿で地下鉄に乗ったとき、前に座っていた少年が自分を見て笑う。「マスクが鳥のくちばしみたいで面白い」、その笑い声で車内の他の乗客からも視線を向けられ、思わず焦ったそうです。

 アメリカ人はこういう所作を見て「Chicken」と感じるようです。強がりというか実際そういう風にして歴史を作ってきた国の国民だと思いました。
 アメリカ人は例えると<玉石混交>で個性バラバラの千差万別ですが、日本人はもっと<統一>されていますね。昔からお上に従い統制された教育を受けてきたからでしょうか。マスクに関しては日本政府が今年2月につくったガイドラインでは、市区町村は住民らにマスク着用を勧めているので盲目的に従ってるようなところもあります。
 子供のころから躾けられた風邪の予防にはマスクという衛生習慣は、日本人に深く浸透していることをうかがわせる話題でした。

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2009年5月20日 (水曜日)

野球が好きだから~四方山話

Ballgame001  とにかく僕は子供のころから野球が大好きでした。というか、あの頃はテレビもゲームもサッカーも普及してなくて、野球が数少ない男の子の人気娯楽でした。かれこれ50年もの間飽きなかったというのも、これまたすごいと言えばすごいのですが…。

 今日は野球のことをランダム・バラバラ・とりとめなく書きます。ただし、僕には特定のひいき球団はないことをあらかじめお断りしておきましょう。
◇最近の日本プロ野球、レベル低すぎ!先日の巨人ー横浜、両軍合わせて6失策、8四死球、勘弁して・・、欽ちゃん球団だってもっとマトモ。お金取ってアレ見せられたんではたまらんわねぇ。
 5割以上の試合は記録に残らない、ちょっとあり得ないミスミスミスのオンパレード。その数日後の巨人ー広島、9回に相手のエラーと越智投手の暴投で同点に追いついた広島、その裏、取れないライトフライを無理に追いかけて3塁打にした右翼の広瀬、しかも今度は永川投手が暴投のおつきあいで相手に勝ちを譲る、何とも言えません。プロ野球人気急落の一因は、試合内容の悪さにもあります。

◇関西独立リーグには17歳の高校生、吉田えり投手あり。身長155・5センチ。他の選手より頭1つ小さいが彼女の存在は歴史の扉を開けたという点で立派。あのナックルは僕だってバッターボックスに立ってみたい。
 ところで日本プロ野球史上初めて…、とか報道されていますが、男子という点ではそうかもしれないけれど、今から60年くらい前には女子だけのプロ野球リーグはあったんですね。
 何でもいいからえりちゃんガンバレ~と叫んだら、肝心の関西独立リーグの経営があやしくなってきました。弱ったね、どうも。

◇1992年に映画「プレティ・リーグ」という映画が公開され、僕は偶然すぐ観ました。結構感動した記憶があります。アメリカは日本より少し早く、1943年に女子のプロ野球リーグが始まっていました。そのころを題材にした映画でした。そしてリーグは12年も続いたといい、カナダの選手は野球殿堂入りしたっていいますから大したものです。でも、男子が人材流失でレベルが下がっている現状、女子リーグの復活はあるんでしょうか。
 ところで、なにやらアメリカでは、日本のプロ野球球団を半分に減らし、メジャーリーグにインクルーズさせようという動きが活発なんだとか。それも面白いよね、でも移動時間がちょっと長いかな。それがだめなら、今の12球団を8球団1リーグ制にしたらどうでしょう。内容は良くなると思いますが…。

◇復活といえば米大リーグのヤンキースなどで速球投手として活躍し、2004年に引退した伊良部秀輝さんが、米独立リーグのロングビーチ・アーマダと契約し、現役に復帰することになったというニュース、興味ありますね。もう40歳なのに140キロがビュンビュンだとか。
 伊良部投手は1988年、香川・尽誠学園高⇒ロッテ⇒ヤンキース⇒阪神で日米通算106勝を挙げた名選手、問題も起こしたけれど野球は一流だった、嫌いな方も多いようだけどね。
 入団会見では5年ぶりの復活に、ルーキーのように目を輝かしエキサイトしたという。不惑の剛腕は6月5日にマウンドに上がる、こっちも楽しみですね。
 人間、トシじゃないね、元気があれば何でもできるぅ--っと!よし!オレも!アテテテ、腰が・・・・。

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2009年5月11日 (月曜日)

相撲とゴルフと味噌と糞~日本人のONとOFF

Sumougolf002  
 あらかじめ断わっておきますが、僕は朝青龍のファンではありません。むしろ、彼の(報道される範囲の)品格に、いささか嫌悪感を持っている立場です。しかし、これも書かねばなりませんが、今回の一件にしても限りなく中立だと思っています。

 一件とは言うまでもなく始まったばかりの大相撲夏場所の初日を2日後に控えた8日、白鵬や朝青龍をはじめとする複数のモンゴル人関取が、ゴルフコンペを行っていたことが発覚した!と新聞に書かれたことです。
 いやはやもう大騒ぎ、記者諸君は鬼の首でも取ったかのようにスポーツ紙も一般紙までもが記事にしました。
◇土俵で対戦する力士同士が、本場所直前にゴルフなど不謹慎だ。
◇角界はつい最近まで八百長疑惑に揺れた経緯を理解しているのか。
◇日本相撲協会の関係者が「あり得ない」、「非常識」と憤慨している。
◇本場所直前の軽率な行動で、「こんなに恥ずかしい話はない」などと、協会幹部や関係者から怒りの声が相次いだ。

 以上は報道された中身の抜粋です。でも本当にそうなのかな?
 読んだ限り、稽古をさぼって参加した力士はないということ。オフの日にゴルフは不謹慎なのかな?パチンコや卓球、あるいは射撃やヨットならいいのかしら。僕にはやぶ睨みの言いがかりだとしか思えないな、なんだか相撲ファンがいっせいに内舘牧子化しちゃったのかな。それともそう書けば売れるという背景でもあるのかしらん。

 むしろ八百長がないからそういった行動がとれるという見方だってある。将棋は棋士同士が集まる「研究会」を形成している。夕方まで研究し朝まで飲んで<親睦>している。ライバル同士が将棋を探求して上のステップを目指している。相撲記者には理解できないだろう。野球もゴルフもレベルアップのために似たような行動を起こしている。
 日本のサラリーマンも、ゴルフに対する理不尽な考えに閉口した経験を持っているかもしれない。有給休暇を取って一日ゴロゴロしてるのはOKで、ゴルフに行くのは非常識なのだ。職場でわけのわからない指を指される。オフの日に体を動かし、角度を変えてスポーツを見直し、気分転換することはいけないことなのか?
 日本の国技が外国人に舐められたという意味合いの記事もあった。戦う直前に相手と親睦をはかるのは何だということだ。これとて矛先が違う気がする。それはそれ、相撲を高いレベルで戦ってくれれば済むことだ。親睦をなぜ八百長と結びつけるのか理解できない。

 よく聞けば今月4日には関係各所にはそれとなく予定を話しているということでした。何をいまさら騒ぐのかねぇ、ちょっと僕には理解できません。多少穿った見方といわれるかもしれないけれど、両横綱の地位をモンゴル人に独占されたふがいなさと溜まった鬱憤、いや、もっといえばモンゴル人に対する蔑視に近いものを感じます。
 そもそも「ゴルフ」に対する一部の日本人の見方と知識と感性は、「伝統あるスポーツ文化」という領域にははるか届かない何かがある。こんな色眼鏡は捨てたらよろしい。むしろ、彼らがコースでいかにマナーとルールを守り、ゴルフの品格を学んだ有意義な一日を過ごしたのかを検証すべきだ。僕はこっちの方がよっぽど知りたい。

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2009年5月 6日 (水曜日)

タンポポと人類の未来

Sakuratotannpopo    今日の写真は酒井根小学校の前で、八重桜の花びらで全面ピンクに染められた道路わきに、ひっそり咲いていたタンポポです。とても美しい光景に思わず切ったシャッターでしたね。撮影した日は4月21日です。

 日本には大別して現在3種類のタンポポがあるそうです。僕たち年配者が子供のころから見てきた日本在来種、ヨーロッパ原産の外来種、それに在来種と外来種が交配した雑種も見つかっているそうです。
 それぞれの見分けは意外と簡単で、花の下にある総苞(そうほう)外片という緑色の部分が反り返っているのが外来種、総苞外片が花に密着しているのが在来種なんだとか。さらに大きな違いは、外来種は花粉に関係なく単独で種子を作りますが、在来種は花粉を介して種子を作る点で、つまり在来種は虫が花粉を運んでくれないと繁殖できないんだそうです。
 大阪自然環境保全協会の30年以上続く調査結果が先日発表されていました。結論だけ言いますと日本固有のタンポポが住みにくくなった現状を通して、「自然が都市開発などによってどれだけ破壊されているかを知ってもらい、環境に興味をもってもらいたかった」ということでした。

 動植物だけではなく「人」という観点でも、言葉を選ばずに言うと「交配」というものはあります。日本のように純血が通常の国もあればアメリカのように混血が主体の国もあります。昔は混血とかあいのこなどと言われましたが、ある時から差別用語と囁かれるようになり、いまでは「ハーフ」とか「クウォーター」などという言葉に取って代わりました。結局のところ同じ意味を持っているのですが…。
 「人」は医学的にも遺伝子学的にも純血と混血の優位性をまだ認めていません。数千年後にはどちらが優勢だったのか結果が出るかもしれません。それに「純粋な人種・民族」という定義はなく、各国でまちまちの解釈をしているようです。ただ昨今はその混血であることを特徴にして社会にアピールしている例がないわけでもありません。時代が変わったわけです。

 日本国内にはブルーギル、アライグマなどたくさんの外来種が溢れています。この可愛らしく咲くタンポポも、「人類」を含めた生物たちの未来を探る大切な史料であることは間違いなさそうです。

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2009年5月 2日 (土曜日)

やればやるほど・・・・?愉しい、難しい・・・?

Golfcourse001_2     ゴルフはいくつになっても好きだし、今も趣味として楽しんでいる。自慢する気などサラサラないが、キャリアだけは一丁前だ。26歳で初めてボールを打ちコースに出たから、かれこれ36年ということか。ただし、ゴルフではキャリアがあったところで別にどうということはない。それだけのことなのだ。
 長い間プレーしているとゴルフは不可思議なゲームだと思うようになる。キャリアを積み重ねるほどその度合いは深まる。<静止したボールを打つ>という単純なエッセンスゆえの奥行きを理解し始めるということか。しかしおかげでこの単純なゲームは、10歳未満でも100歳を超えている人でも一緒にラウンドし楽しさを共有できるという利点がある。他のスポーツではあまり類を見ない。

 これも自慢する気など毛頭ないが、5~6年前まではハンディは”8”だった。と、書いては見たが、そもそも「昔は・・・・だった」という人間は、すでに技術的な成長がなくなったことを自認しているから語れるのだ。戦場で弾を撃ち尽くした兵士のようなもので若干寂しい。
 その僕でもプレー中にまだまだゴルフの面白さや不可思議さに酔いしれ時はある。これはウデは落ちても生涯続くく楽しさなのかもしれない。いや、むしろその分野は成長するのだろうか。

 ほんの一例だが、コース(またはホールごと)との相性というヤツだ、これはある。たとえばティ・グラウンドに立った時がそうだ。なんとなくイヤだなとおもうホールがある。ものすごく嫌だと思うこともある。コース設計者がそう作っているからそうなのだろうが、人によっての個人差は大きいようだと感じている。
 少し前のことだが、プロゴルファーの藤田寛之選手が、「僕はコースとの相性が大いにあります。プロはあまりそのことを感じないようにしていますが、人によってかなり思い込んでいる人もいますね」と語っていた。ふ~ん、そうなんだ、プロでもそうなのかと膝を叩いた。
 ティグラウンドからピン方向を見る、その画像と自分の持ち球や飛距離とか風などの情報が瞬時にプレーヤーに入り込んでくる。頭で組み立てた情報に性格が作用し、技術と経験がクラブを振らせる。ゴルフって<人間対自然>という闘争劇ゆえに、実にデリケートで実に愉快だ。
 まったく自慢にはならないが、アマチュアもプロもコースの相性という点で同じスタンスを持っている。それもまた楽しいことだ。

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2009年4月26日 (日曜日)

森田健作氏の詐称(?)問題はヤバイんじゃないか

Sasimi001_2 <ショートショート>1票を返せ!

 久々の悪友3人が揃った。悪友たちはまだ明るさが残る松戸駅近くで鮨屋の暖簾をくぐった。最初はWBCの話題だった。そういえば3人の共通の趣味は野球だ。サムライたちはよく頑張ったね、とか、北京と何が違った、とか、果ては韓国人と日本人のナショナリズムの話が行ったり来たりしながら酔いが回っていく。

 僕が小便から帰ってくると話題は先日の<千葉県知事選挙>の話になっていた。生真面目なタイプのAは「ジョーダンじゃないよね、森田氏は完全無所属って言い続けていた、、真っ赤な嘘じゃないか」という。「あれは完全にアイデンティティの詐称だよ」と不満そうだ。確かに一般常識で考えれば、どこの政党ともなんの関与もしてないのが無所属と思うのが当たり前だ、それに『完全』までつけていた。
 割合要領の良い性格のBも同調している。「たしかになぁ、学歴詐称で当選しても辞職した例があるものな。選挙民をバカにしているね、ありゃマズかろうよ」。僕もウンウンと頷きながら席に着く。

 森田健作新知事は自民党支部の代表でありながら完全無所属を謳い文句に票を集めた。最近騒がれて問題が大きくなったら480万円を返却してことの収拾を図っている。落とし前のつもりなんだろうか。僕も無所属ならと1票を投じた、あっさりだまされた、、失敗だった。
 二人に「投票のクーリングオフってできるといいね。当選後一定期間を決めて、あの投票は取り消し!ってさ」と言った。二人の賛同を得てテーブルはますます盛り上がった。やがて政治なんて騙す方より騙されるほうが悪いんだという結論になった。

 仕事じゃ鮨屋のような狭い席に3時間もいられないのに、こんな時は苦でもないって不思議だ。焼酎の四合ボトルが2本空いたところでAが言った。「どうだ、外で飲まないか」、「いいねぇ!」というコーラス、まぁ、勢いなんてそんなものだ。
 われわれはコンビニで500mlの缶ビールと少しのつまみを袋に入れて公園に向かった。Bが「どうだ、みんなで素っ裸になろう!」と冗談を言う、みんなで笑い転げる。
 公園は外灯のうす明りで実に良い雰囲気だ、周りを歩く人たちを眺めながら(おそらく眺められていたのはこっちだったろうけれど…)、プルトップを引いた。
 飲み始めて楽しかったのは最初の五分くらいかな、春の夜は意外と寒い、ビールを飲むペースがガクッと落ちる。イイ年のおっさんが三人、こんなところで飲んでるということに気がつくとなんだか侘しくなった。
 三人は何の合図もないのにスッと立ち上がって駅に向かって歩き始めた。手には空の缶ビールと白いビニール袋、それをコンビニのゴミボックスにそっと返して我々は別れた。
 侘しかったのは春の夜の寒さじゃない、どこかの何者どもかが仕組んだ悪巧みに抗えないたことを理解しているからだ。酔いが覚めても「おれの一票を返せ!」と叫びたかった。

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2009年4月24日 (金曜日)

鬼子母神(きしもじん)伝説

Kishimojin002  大阪市西淀川区の市立佃西小学校4年、松本聖香(せいか)ちゃん(9)が先日以来行方不明になった。そして23日夜、聖香ちゃんの遺体は奈良市の山中において最悪の形で見つかった。遺棄したのは母親と内縁の夫とその友人だった。
 
 彼らは「4月6日の朝にベランダに放り出していた聖香が死んでいたので、知っている墓地に夫と友人の2人で行き、遺体を埋めた」と供述している。
 母親と内縁の夫は昨年9月ごろから同居するようになった。それからはずっと聖香ちゃんは泣き続け、虐待されていた疑いが強いそうだ。しかも聖香ちゃんは服薬が必要な持病を抱えていたが、親はそれさえも飲ませなかったという。
 聖香ちゃんは1月、担任教師に顔の傷を見せて「新しいお父さんにたたかれた」と打ち明けていたことがわかっている。教諭は顔のあざも確認したが、学校側は児童相談所に通告していなかった、学校サイドはなぜそれを見抜けなかったうえに放置したのか?
 わずか9歳の女の子の命を平然と奪い、しかも人知れず埋めてしまったのだ・・・、ついこの間は千葉県の東金市でもこれに似た事件があったばかりだ、、なんということなんだろう。

 東京豊島区の雑司ヶ谷には法明寺の鬼子母神堂がある。僕は以前近くに住んでいたのでしばしばお参りに訪れた。入谷にも鬼子母神はあるがどちらにもよく知られた「鬼子母神伝説」がある。

 昔々、よその子供を手当たり次第に食べる傍若無人な悪い鬼がいました。あまりの悪行ぶりにお釈迦さまがお怒りになり、その悪い鬼の子供をそっと隠したのです。
 鬼は自分の子供がいないことに気づき、慌てふためき見るも哀れに取り乱してあたりを必死で探しました。そこへお釈迦さまが現れ、「どうじゃ、子供を失った親の気持ちが少しでも分かったか」と言って鬼に滔々と諭したのでした。
 初めて親の気持ちがわかったその鬼は、角を取りお釈迦様の弟子となり、やがて時を経て「鬼子母神」と名乗る安産や子育ての神になることを許されたのでございます。
 余談ですが、ここでは「鬼」の字を普通に書いていますが、本当は一画目に書くチョンという部分がありません。角がなくなったという意味です。ここでは外字を使わずそのまま書きました。

 もういったい何度、こうしたいたいけな子供たちが周囲の大人の手に掛って命を落としてきたんでしょう。人の皮を被った鬼、いやそれ以下の連中がこの世から絶えることはないのでしょうか。悲しくなってしまいます。
 
<写真は雑司ケ谷の鬼子母神象>
 

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