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2009年6月の28件の記事

2009年6月30日 (火曜日)

ノウゼンカズラなんだって

Nouzennkazura  散歩の途中で、たおやかに垂れ下がる枝に何とも言えない色合いの花が咲いているのが目につきました。それはごく普通のお宅のブロック塀越しに見えたのです。
 ちょうど年輩のご主人がそこにおられてなにか用事をしていらっしゃったので訪ねてみました。---すみません、これ、なんて言う花ですか?---ご主人はすぐに笑って「分からないんですわ、家内なら知っとるかも・・・」。安心しましたね、花はきれいだというのはだれにもわかるんですが、名前となると誰でも知ってるというわけでもないんですね。

 家に帰って調べました。これは「ノウゼンカズラ」という中国原産の落葉ツル植物なんだそうです。ちょうど今頃から8月まで赤朱色の花を次々と咲かせるんだとか。心落ち着く花の風情に、また一つ新しい名前を覚えました。・・・・・・でもね、忘れるんだな、これが、たった一晩寝るだけで・・・、年は取りたくないね。
 とか言ってるうちに、今年も半分が完了しました。

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2009年6月29日 (月曜日)

どないもこないも、敵いまへんで・・ほんまに・・

Benisyougatenn001  この写真は「紅ショウガの天ぷら」です。関東の方はよう召し上がりまへんけど、関西では毎週のように食べてます、ハイ。一度やってみなはれ、ハマりまっせ、、ホンマに。

 僕は若かりし頃、短期間ですが大阪に住んだことがあります。そこでこの紅ショウガの天ぷらをいただいて、へ~ぇ、これはおいしいわと思ったことがありました。そして、今日ふっと思い出したんです、空から降ってくるオタマジャクシのように何の前触れもなくね。
 皆さんもそんなことありませんか?ふっと思い出した懐かしい味が食べたくて食べたくて、山本リンダの歌のように、どうにも止まらないってこと・・。それですわ、そのジュマンジに掛ってしまったんです。そして即刻スーパーで紅ショウガを買い込んできてついに天ぷらにしていただきました。そのおいしいことったらありません、塩かけるもよし天つゆよし醤油もまたよし、ご飯がサクサクイッちゃうんですね、これが。たまりませんでした。
 食べ終わって首をかしげるのは、どうも関ヶ原以北に住んでいる方は、このおいしい天ぷらをあまり召し上がらないようです。習慣の違いなんでしょうか。まだ召し上がってない方、次の機会にぜひ紅ショウガを揚げてみてください。騙されたと思ってね。

 江戸時代初期、東京には野菜を胡麻油で上げた「胡麻揚げ」というものしかありませんでした。天明元年(1781)ころ、大阪から利助という人物が現れ「大阪には魚を揚げた付け揚げというおいしいものがある」と言い、著名な戯作者が食べたところこれが大層おいしいかったので時流に乗ったという話があります。その食べ物を、上方からプラッとやってきた天竺芸人(ねぐらのない浪人者の俗称)から伝わったので『天ぷら』と名づけられ、ぷらは後に当て字で「麩羅」になったとか、、なるほどね。

 それにしてもですね、皆さんおいしいものばかりイロイロ考案してくださるのは良いんですが、こちとらそれが目方に跳ね返ってねぇ、どうやっても痩せないんです、まあ、いずれあの世へ行くころはきっちりやせ細るんでしょうがね。そりゃあなた、見境なく食べるほうが悪いと言われれば返す言葉はございません。そりゃね、何十年も食べ続けてきたんですから、2~3年のダイエットで元に戻そうというのは虫が良すぎるって先刻ご承知なんですがね。どないもこないも、敵いまへんで・・ほんまに・・

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2009年6月28日 (日曜日)

北朝鮮の鉱山で労働する米国人女性記者二人

Kouzan001  以前ニキ・カーロン監督作品で「スタンド・アップ」という作品を見た。2005年、この映画でアカデミー賞主演女優賞を獲得したシャーリーズ・セロンの演技力には舌を巻いた。
 噛みあわない人生に打ちひしがれ、彼女(ジョージー・エイムス)は暴力夫に別れを告げ故郷に帰る。しかし仕事が見つからない。結局これしかなかったと言える鉱山の仕事になんとかありつく。ところがそこは“男の職場”だ、徹底的にセクハラ・パワハラの雨が毎日降り注ぐ。
 しかし耐えて耐えて収入を得なければ一人息子は生きていけない。その一人息子も故郷の父親も彼女には驚くほど冷酷に接する。耐えがたい屈辱の日々だったが彼女はある日意を決して立ち上がった。そのたった一つのアクションが周囲を変えていく、まるでメリーゴーラウンドの景色がめくるめく変わっていくように。

 「人」の人生は決して思うようにいかない、それどころか逆回転することさえある。しかし、じっと坐しているだけでは何も起こらない。周囲と波風立てずにうまくやろうとするばかりで自分という存在が時間とともに薄れて行く。世間にはこんな人がたくさんいるんじゃないかな。
 しかし。誤りは誤りとして立ち上がる、周囲に助ける人がいなくても自分を信じる、そこから道が開ける、そういうことは映画ではなくごく普通にある現実の姿なのだ。
 実際ジョージー・エイムスはお金や名誉を超えた人間の尊厳を手に入れた。自らの手で道を切り開くこと、それこそが人間の生きる道なんだ。---そして、これは実話に基づいたスストーリーだけに僕たちに小さな勇気を与えてくれる。僕自身、一応諸悪に目をつぶらずにぶち当ろうと心がけた人生の心算だったが、まだまだ甘いものだったと思い知らされた。

 北朝鮮で拘束されたアメリカの女性記者2名は、裁判所が「朝鮮民族敵対罪」と「不法国境出入罪」で、2人に12年の労働教化刑を宣告した。ふたりはアメリカ「カレントテレビ」の記者で、韓国系米国人のユナ・リーさんと中国系米国人のローラ・リンさんと伝えられている。国境付近の川にいたというが、国境越えは未確認、政治的思惑で「拉致」に近い状態だったんじゃなかろうか。そんのことフツーの国なのだ、北朝鮮という国は。
 二人は北朝鮮北部の鉱山で過酷な労働を強いられる。映画の中では過酷な条件を乗り越える勇気を発揮するシーンがあった。しかし、それさえも可能性がない場所に幽閉されてしまったのだ。個人で立ち上がれないなら、米・中・韓は国の威信をかけて即座に行動を起こすべきだ。

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2009年6月27日 (土曜日)

ラベンダーにチョウが舞う

Lavender001  散歩の途中でラベンダーの花壇で遊ぶモンシロチョウを見ました。いえ、正確に言うとラベンダーだと思うんですがどうでしょうか。(後日、これはユリアザミという花であることが分かりました)<例によって、写真はクリックで拡大します>

 ラベンダーには鎮痛や精神安定、防虫、殺菌などに効果があるという記述を見て、ほ~、そうなんだと感心しましたね。それでハーブティーやアロマセラピーにラベンダーが出てくるんですね。僕も行ったことがありますが、かつてのローマ帝国の有名な共同浴場では、ラベンダーを湯に入れていたそうです。道理でチョウチョウも、僕が相当近くにいても逃げようとしません、落ち着いて蜜をチュクチュク吸っていましたね。でも、「防虫」はどうなってるんでしょうか、もちろんシャレですが・・・(^v^)

 ラベンダーには紫・白・ピンクなどありますがちなみに僕は紫です。ずいぶん昔ですが、北海道の富良野には何度か観光で行ったことを思い出しましたね。梅雨のない北海道、また行ってみたいですね。

 今日は松本サリン事件から15年目なんだそうです。オウム真理教とは縁もゆかりもない方が尊い命を落とした、悲しい恨みがましい日でした。もう15年経つんですね、遺族の方にとっては辛い15年だったでしょうね。二度とあんな事件がないことを祈るばかりです。

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2009年6月26日 (金曜日)

お写べり、四方山話

Kaeru001  「痩蛙(やせがえる)負けるな一茶これにあり」
 この句はよくご存じの小林一茶作です。小林一茶は長野県の寒村に生まれ、幼くして母に死なれてからなんだかずっと幸薄い人生が続いたような気がします。母が若かったのは当時の平均寿命からして無理からぬことでしたが、新しい母になってから江戸に奉公に出され苦労が付きまといました。
 その後、実家の財産争いに巻き込まれたり、50歳を過ぎて帰京してからも妻、長男・長女・二男・三男と相次いで先立たれたのは辛かったでしょうね。それにしても一茶さんは52歳で24歳も若いきくさんを嫁に迎え、それから4人の子供に恵まれたという元気さは脅威的でした。<以下省略、、モグモグ・・・>

 彼がどんなときにどんな思いで綴ったのか全く知りませんが、この句にはそれなりの思いがあったんでしょうね。そういえば小柄な総理を蛙に例えては失礼ですから言いませんが、問題を官邸に持ちカエり、内閣人事をそろそろひっくカエそうと考えてるんでしょうか。解散総選挙で故郷福岡にカエるのはいつになるんでしょうかねぇ??

 あっ!そういえば昨今オタマジャクシが空から降ってきた話題、アレってどうなったんでしょう、写真の紫陽花の葉に乗っかているカエルはその難を逃れたことは間違いないようです。負けるなよ!

Toritoma001  これは「トリトマ」という花なんだそうです。実は先日、手賀大橋の袂(たもと)にある『沼南・道の駅』に行ったんですね。そしたらこれを入口で売ってるんです。来る途中でたくさん見たので驚きました。
 そんなことも影響があって、<そうだ、柏周辺限定の花図鑑を作ろう!>という気が芽生えました。そしてついに今日500種類を超えるA4版38ページの本が出来上がりました。世界に一冊しかない、僕専用の「花図鑑」です。いやはや、これほど苦労するとはね、思いませんでしたよ、ハイ。苦心した原因は僕が草花の名前を知らなすぎることが原因です。これで少しはましになるかな・・・と、大いに期待してるんですが・・・、一体どうなりますか?

 追記ーーーちょっと気になってるんですが、10月末に『ウインドウズ・7』が発売されます。僕はVISTAなので乗り換え版(ホームプレミアム)は15,800円とか、でも7月5日までは先行予約で7,777円で入手可能なんだって。Hum,Hum…。
 確かにVISTAの使い勝手は最悪ですよ、マジに。でも、OSの世界はすぐに飛びつけない要素があるんです。つまり、マイクロソフトとしてはOSを一時も早く世に送って、ソフトやらデバイスがぶつかるだけぶつかり、次々に事故を起こしてから修復するのが常道でしたからね、、、今までは、、、ハイ。
 つまり、パソコンのOSは事前にそこまで想定することができないんですね。正価(?)と事前発売の価格差は、なんだか迷惑料とそれらに関する情報提供料という気がしちゃいますね。それを考えるとどうも、年内に手を出すのは危険なのかなと思ったりしてる今日この頃です。そう、写真のカエルのように、何事も飛びつく前に考えるのが基本ですね。

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2009年6月25日 (木曜日)

親の小言と茄子(なすび)の花は・・・

Nasubi001  梅雨に入り、毎日雨の日が続きます。こんな陽気にはもう10年以上前に旅立った母親が、小さな僕にときたまやさしく語りかけた言葉がなぜか思い出されます。それは夜、繕いものをしながらだったり、雨が降りそうになって早めに取り込んだ洗濯物を畳みながらだったりいろいろでした。
 そのうちの一つに『親の小言と茄子の花は、万に一つの無駄がない』というのがありました。今日、近くの市民農園で茄子の花を見かけて写真を撮っていた時、ふっと思い出したのです。そう、クローゼットの奥から何年も袖を通していない昔の礼服が偶然出てきた時のようでした。

 母親は大正の生まれでした。母親は当時の生活が決して楽ではなかったのに、3人の子供へ注ぐ愛情はとても深いものがありました。洗濯機も冷蔵庫も車もない時代は返ってそういう(逆な意味の)「ゆとり」を作りだすんでしょうか。
 実際、茄子の花は咲いた数だけ実を付けるようです。僕は残念ながら非農家だったので、そのことを実感することも本当の意味を理解することもできませんでしたが・・・。でも、あの頃はこういった土の匂いさえしそうなさりげない教育的メタファーが結構あって、たくさん記憶にも残り、そのこと自体すごいことだなと思っています。もちろん言葉には決して洗練された雰囲気はないものの、心に直接入ってくる名言が多々あったように思っています。

 さあ、明日から東京地方も30度を超える真夏日になるそうです。日中炎天下に長時間いると熱中症になります。ペナン島に住んでいる頃、日本から訪ねてきた人がゴルフ場でひっくり返り病院に行ったことがありました。「無理は禁物」、健康第一でこの夏を乗り切りましょう。

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2009年6月23日 (火曜日)

もっと「新聞」を疑いましょう!

Shimbun001  たしかに「新聞」という産業は、今日に至るまで(ざっと100年)社会的な役割を果たしてきました。しかし、昨今の悪行にはあきれるし、もう環境保護の時代に森林伐採は終息すべきで、新たな紙を使わないネット時代を構築することを急ぐべきというのが僕の意見です。
 僕は日本人の特徴としてふたつだけ挙げろと言われれば『際立つ優秀性』と『盲目的支配』を挙げます。能力に溢れた民族ですが、大きな権力に対しては「寄らば大樹の陰」という生き方の便法が身にしみついているのもまた事実でしょう。文句言わずに大きな権力には従うのが賢いのだという考え方です。新聞は功績もさることながらその悪行も巨悪で、一般の人は何が悪いのかの判断ができていません。

 昨日のニュースです。コンビニエンスストア最大手のセブン―イレブン・ジャパン(東京)の本部が、加盟店に対する優越的な地位を乱用して弁当などの値引き販売に圧力をかけていたことが発覚し、ついに公正取引委員会から排除命令を出されたのです。つまり本部はいままで言うことを聞かないお店には「クビにする」というニュアンスの圧力をかけていたのです。簡単に言うと、値引き販売は消費者には有利ですが本部は不利になるのだということを本部自体が認めたという画期的なニュースです。

 皆さんは新聞の購読料(新聞代)がなぜ日本中同じ(セット版と統合版に関して)なのかと考えたことがありますか?馬鹿げた話ですが日本国家が「特殊指定」という、前時代的なあきれた法律を適用し消費者の不利を黙認しているのです。僕は完全な独占禁止法違反だと考えていますが、政党の機関紙化した大手新聞社や聖教新聞から赤旗まで、その保護のおかげでのうのうと莫大な利益を上げ勝手なことが通用している現実なのです。国会議員だって保身のために知らんプリした輩ばかりではありませんが、新聞に正義をかざして窮地に陥る勇気のある人は少数です。

 セブンイレブンの記事を出しました。新聞業界が非常によく似ています。特に新聞社と地域の販売店の場合はもっと激しく、<片務契約>という特殊な関係にあることが多いのです。販売店は極端に弱い立場にあり正義を唱えれば即刻クビ、という可能性があり実際にそういう例は山ほどありました。また、取引構造が場合によって新聞代原価より折り込み収入が同じとか勝るということもあって、販売店の一蓮托生を誘う要因もあります。新聞社は好きなように販売店に対し押し紙(強制仕入れ)を行い、このツケは広告主や購読者が背負っているのが現実です。そしてそして、それは資源(紙)の大量投棄(とはいっても今古紙は結構高価で売れますが…)になります。でも、知る由もありませんよね、特殊な世界だけに一般にはね。
 セブンイレブンの一件は、将来善意ある新聞販売店から同様の申し立てが勃発し、場合によると組合設立などの動きになるのは時代の趨勢なのかと思わせる点でビッグニュースといえます。場合によってはですが、新聞の発行本社は流れとしてネットに移行して販売店の見限りに至るとなるならば、一体どう責任を取るのでしょう。

 新聞はあまりにも長い間国民の間で『習慣化』し、盲目的に信じる国民性もあっていまや巨悪の伏魔殿になってしまいました。黒いベールは国中を覆っていますが、もうそろそろ購読者も巨悪に気がつく時が迫っているようです。

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2009年6月22日 (月曜日)

大賀ハスは時空を超えて咲く奇跡の花

Ohgahasu001  大賀ハスです。今の季節、そちこちでこの何とも言えない美しい姿を見ることができます。少し大袈裟な言い方をすると「奇跡のハス」とも言えましょう。本当に偶然発見されたんですから…。この優美な花は千葉県の天然記念物です。写真はクリックで拡大します>

 1951年ころ、植物学の権威だった大賀博士は花見川下流でハスの果托(種子)があることを知り、地元の小・中学生や一般市民などボランティアの協力を得てさらに発掘を進めます。調査は困難だったらしくついに明日でやめましょうと言ったその日、女子中学生の一人が奇跡的にハスの実1粒を発掘したため、予定を延長しさらに2粒、計3粒のハスの実が発見されたのです。(後日、周囲で発見された船材などアメリカに送って年代調査を依頼すると、日本の縄文時代から弥生時代ころのものと判明しました)そのうちの2粒は発芽に失敗、万事休したかと思った時最後の1粒がついに発芽しました。
 このビッグニュースは世界を駆け巡り「世界最古の花、生命の復活」として、あの<ライフ誌>を飾ったっていうんですからすごいものです。ハスは大賀博士の名前をとって「大賀ハス」と命名されました。
 まあ50年以上昔、クローン技術などない時代、あのとき諦めてしまえばこの2,000年の時空を超えて咲く婉美な花は、誰の目にも見られなかったわけですから何とも言えない気分になります。

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2009年6月21日 (日曜日)

梅雨の合間なれど、日々之好日なり

062101  今日の柏市は一日雨模様でした。上の写真は昨日土曜日のものです。昨日は今日と打って変わって陽が射してちょっと暑いくらいの陽気、週末ということでたくさんの方が戸外に飛び出していましたね。団体でバーベキューを楽しんでいるようです。良いですね。
 僕はあま食べ物にはうるさくないほうです。禅宗の教えを守り、いただくものは何でもありがたく頂く、そして残さずいただく、という主義です。でも強いて言えば「焼き物」は特に好きです、肉・野菜・魚、なんでも質の良いものを単純に焼いて食べる・・・、これに勝るものはありませんね。(と、自分では勝手にそう思っています)

062102  こちらは公園で遊ぶ男の子たち。こんな光景を見ていると子供のころを思い出します。ホント、何していても夢中でしたね。とにかく夢中で何かに没頭するって良いことだと思います。子供のころは皆そうなんですがね。

062103  最後の写真は「ビヨウヤナギ」です。でもちょっとキンシバイにも似ていますね。いずれにせよ、季節季節に美しい花をつける植物って、本当に素敵なものです。
 撮影場所は柏市の「増尾城址公園」でした。

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2009年6月20日 (土曜日)

極上の佐藤錦なのだ!

Sakuranbo001  またまたおいしい『佐藤錦』を贈っていただきました。世界一おいしいサクランボだが、世界一高いのもホントの話、でも僕はこの果物が大好きなのです。だからうれしい。

 今回の佐藤錦も山形県産で、サクランボは昔は「桜桃(おうとう)」などとも呼ばれていました。つまり桜の赤ん坊みたいなことで、異なった種類で配合しないと大きく食用に育たず、ただの鑑賞用になるだけです。佐藤錦はナポレオンという種類と相性がいいんだそうだ。

 初夏の味覚のサクランボは、ものによっては100グラム1万円もする別名「赤いダイヤ」今日は贈り主に心から感謝しつつ、僕の手は休むことなくもくもくとサクランボに伸びています。
 <下の写真は文中にあった食用でないサクランボ、これはこれできれいです>Sakuranbo002

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2009年6月19日 (金曜日)

「蝶々」から連想する、カッコわりい思い出

Butterfly001  さて、皆さんはひらひらと軽快に飛ぶ「蝶々」を見て、どんなことを連想されますでしょうね。年代で少しずつ違うかもしれませんが、僕らはまず小学生のころ音楽の授業で「ちょうちょう」という唱歌から入りましたね。
  ちょうちょう ちょうちょう 
  菜の葉に とまれ
  菜の葉に あいたら
  桜にとまれ 桜の花の
  花から 花へ
  とまれよ 遊べ
  遊べよ とまれ
 日本人の作曲とばかり思っていましたが、調べてみるとこれはスペイン民謡(作詞=野村秋足)でしたね。知りませんでしたね、驚きました。

 大人になって上京しました。そして演歌を聞いて花から花へと飛ぶのは男、花は夜の蝶だということが判明、<花から花へ、泊れよ遊べ>・・・・奥の深い曲だということを知りましたね。(^v^)
 すこし年輩の方はミヤコ蝶々さん、若い方ならAIKOさんの「蝶々結び」なんてことになるんでしょうかね。
 プッチーニ作曲の「蝶々夫人(マダム・バタフライ)」は日本の長崎を舞台にして、1904年ミラノのスカラ座で初演されたあまりにも有名な歌劇です。没落藩士の美しき御令嬢、蝶々さんとアメリカ海軍士官ピンカートンとの悲恋の物語でした。結局はピンカートンという蝶々が美しい花の蝶々さん(ややこしい)を弄んで捨ててしまうという結末が待っています。

 長崎にグラバー園があります。あそこには先ほどの歌劇「蝶々夫人」を得意としていたソプラノ歌手、三浦環さんの銅像があります。僕は三浦環さんをよく知りませんが、銅像には明瞭な記憶があります、ちょっと恥ずかしい・・・。
 僕はグラバー園で女子高校生の修学旅行に遭遇しました。そして、彼ら10人くらいの1団が僕にカメラを渡してシャッターを押すようにリクエストしました。もちろんカメラ好きの僕はOKということでちょうど良い位置を探しました。
 探している途中ですっぽり池にハマったのです。誰が造ったか(余計なことを…)浅い池でした。マンガのようなホントの話、情けな~い、カッコわり~!!
 ズボンの裾と靴は完全に水の中、僕が詰まんない冗談で紛らわそうとしましたが彼らは固まってしまったようです。そして、涙目になって一生懸命笑いをこらえていました。あの時はもうどうしていいか分かりませんでしたね。後で旅行の感想文に僕が登場したんだろうな、たくさん。

 蝶々の写真から連想が広がり、昔のわる~い思い出がフツフツと湧き出してしまいました。

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2009年6月18日 (木曜日)

しょうぶまつり~水元公園

 今日は都内葛飾区にある「水元公園」に行ってきました。10数年前、仕事の延長で立ち寄ったことがあります。ですからほんとうに久しぶり。しかもその時の季節は真冬でした。全く逆の季節に訪れてみると、緑がいっぱいで別な所へ来たようです。
 折りしも「葛飾しょうぶまつり」が開催中、平日の雨模様なのに、たくさんの人たちが花菖蒲、睡蓮、紫陽花、ビヨウヤナギにムラサキシキブなどに目を細め、水辺に強いポプラ並木、ハンノキの林、メタセコイヤの森などで散策を楽しんでいました。
 水元公園には小合溜(こあいだめ)があり、都内で最大の水郷自然公園です。10数年前来た時に、この溜池はそもそも利根川などがたび重なる氾濫を起こしたので、被害を最小限に食い止めるために造られた・・・、というような話を聞いた覚えがあるのですが、もう定かではありません。
 定かだったのは今でも美しい、行きとどいた公園であるということでした。今回も2分半程度の短いVTRを作ってみました。どうぞご覧ください。

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2009年6月17日 (水曜日)

ガンバレ NIPPON! W杯へあと1年

Football001  今夜はW杯のアジア最終予選がメルボルンであり、我々の思いは通じずオーストラリアに1-2で負けてしまいました。アウェイであり、決してベストメンバーではなかったので、まあ、良く考えれば手の内明かさずに予選終了したことはある意味仕方なかったかなと考えています。(負け惜しみにもならんかな)

 昔、ローマを旅していて偶然手に入ったサッカーのプラチナ・チケットを思い出しました。話すと長くなりますが、人に頼んで手配してはおいたものの、非常に入手困難という話だったのでほとんど忘れかけていましたからメチャ嬉しかったですね。チケットは1枚だけでしたが、なんと「ローマVSユベントス」というナイスなカードです。それほどサッカーに詳しくない僕でも舞い上がりましたね。当時ユーベにはジダンが所属していてバリバリの時でしたからね。

 ローマのサッカー場はローマ・オリンピックの時使用した陸上競技場の隣にあります。僕はそこへ向かう途中、前後をパトカーに挟まれた大きなバスを目撃しました。4車線道路のセンターラインの真上を、サイレンをワンワン鳴らしながら猛スピードで突っ走って行ったバスにはローマの選手が乗っていました。あの慢性的渋滞に困っているローマの街も、彼らにかかってはアウトバーンの高速道路のようなものです。えらくカッコイイなと思いましたね。

 競技場に入ってから僕はイタリアのサッカーファンと感激をともにしました。見たこともない量の、しかも先も見えないカラフルな煙幕の中で肩を組み、知らない人たちと知らない歌を唄い応援しました。2列ほど前に美しいお嬢さんがいたので僕はそっと席を移り、彼女と適度にホットな感じで肩を組み国際的な交流をしました。(日本のオヤジやっちゃいましたかね)
 ジダンはもう僕たちの20mくらい前を歩いています。興奮しましたね、ホント。試合は前半0-1でローマは劣勢、しかしなんと後半猛攻撃を仕掛けついに2-1と逆転、ピッチも観客席も興奮に包まれたままゲーム終了の笛が鳴りました。言うまでもなくローマファンには最高の試合でした。

 興奮は試合後も続き、競技場周りは完全に無法地帯、車両が入れないゾーンにドでかいバイクが武田信玄の幟(のぼり)旗のようなものを後ろにおっ立て、何台も紅白の煙とともに轟音を立て走り回り、車のサンルーフからはほとんどゾンビのような化粧を塗りたくった若者が首を突き出し奇声を発していました。僕はまるで黒沢明さんの戦国映画の中にいるのかと錯覚したくらいです。ローマが勝ったから良いものの負けたらどうなったかなとちょっと怖くなりました。
 英語はほとんど通じずタクシーなど周辺にはなくて、ホテルへ帰るのに路面電車を乗り継ぐなどして、相当苦労したことを思い出しました。

 南アフリカの大会まであと1年、なんとか我らがNIPPONも、あの時のローマのような試合をして見せてほしいなと思いました。 

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2009年6月16日 (火曜日)

名人戦の大一番真っ最中!

Syougi001  ♪吹ぅけぇばぁ、、飛ぶようなぁ、、将棋の駒にぃ~、懸けたぁ命を笑わば笑え・・・、
 というのは、1961年、西條八十作詞、船村徹作曲の演歌『王将』の一節です。この村田英雄さんの曲がいかにヒットしたかというと、あの当時ナント150万枚を売ったっていうんですからスゴイことです。
 これは阪田三吉という稀代の名棋士を歌に詠んだものです。『銀が泣いてる』という名台詞とか、昭和12年には木村義雄八段と世に言う「南禅寺の決戦」を戦い、後手番なのに初手から端歩を突くという(歌詞に出てきますね)、ある意味の天才将棋を指した人だ。晩年には第二期・将棋名人戦リーグにも参加している。
 将棋の名人戦はいくら書いても書ききれないほどの歴史を秘めた日本一の棋戦で、将棋ファンには気になって仕方ないことの一つだと思う。

 その名人戦も今年は67期を迎えている、そして今日はその第6戦が、京都市下京区の東本願寺「渉成園」で行われている。現在の名人は羽生善治(はぶよしはる)さん38歳、挑戦者は郷田真隆(ごうだまさたか)九段で同い年。昨年の今ころ、時の森内名人を打ち負かし名人位を奪取した羽生さんがここまで苦戦していて郷田挑戦者の3勝2敗。郷田さんはこの1局に勝つと初の名人位に就くことになる大一番なのだ。羽生名人はなにがなんでも勝って、最終局に決着を持ち越したいと考え頑張っている。いずれにせよ結果はあと数時間で出る。

 最初に♪吹ぅけぇばぁ、、飛ぶようなぁ、、・・・と書いたけれど、僕が子供のころたしかに「将棋」というゲームはマイナーどころか差別されていた。僕は小学生時代、親に隠れて将棋を指した。今そんな風に書くと若者は信じられないかもしれない。当時は囲碁、将棋、麻雀はほぼ同罪で、そんなことしていると親の死に目には会えないと、<勝負事>、<賭け事>という括りで蔑視されたものだ。実際身近に真剣師(賭け将棋でメシを食べている人)もいたからね。
 今はパソコンやニンテンドーなどのゲームで堂々としたものだ。プロ棋士は人々に楽しみと喜びと勇気を伝えてるんだから立派な「仕事」だと認知された。ちょっと乱暴な言い方をすると、「仕事」とはすべからくそんなものなんだろう。

<追記=結局第6戦は羽生名人の勝ち、決着はいよいよ第7戦に持ち越されました。楽しみです>

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2009年6月15日 (月曜日)

あじさいの咲くころ


 <再生するとBGMが小さく流れます> 

 江戸時代、「出合茶屋(であいぢゃや)」というお店がありました。まあ、今でいう「ラブホテル」です。な~んか良い響きです(っていうのも変かな?)。
 時代劇がお好きな方は、小料理屋の入口に「料理処」なんて札が下がった店が出てくるのを気付かれるでしょうが、アレがそうですね。以前、湯島に1階がレストランで2階から上が全部それだったホテルがありました。どうみてもラブホテルには見えなかった・・・、もう今はないのかな、どうでもいいんですが。

 さて江戸時代、ご休憩は酒と食事がついて1分だったそうです。1分というと1両の4分の一、1両が8~10万円相当とするとざっと2万円から2万5千円というところ。けっこう武家や良家の子女も多かったそうで、火遊び代はちょっと高めの設定。
 江戸時代にはこんな色ものが面白おかしく書かれた川柳がたくさん残されています。まさに川柳の面目躍如というところ。でも、不義密通は死罪になってもおかしくない当時、こういった秘め事はあたかも社会保険庁の手抜きのように、歯止めがかからないんでしょうね。

「相傘で来るとは太い出合茶屋」・・・二人一緒に入ってくるなんざぁ結構ずうずうしいじゃねぇかい。
「出合茶屋惚れたほうから払いする」・・・男女問わず、惚れてるヤツが勘定払うってぇもんだ、、、みたいな、なんとなく色っぽくて風流なものでした。

 さて、梅雨に入り待ってましたとばかりアジサイが咲き始めました。手毬をふたつにパカッと割ったような花は、まさに色とりどりでこの時期の目を楽しませてくれます。
 ところがこのあじさい、『花言葉』はどうも出合茶屋ではありませんが色っぽいというか不名誉というか、まるで前の鳥の名前がついた総務大臣みたいに不遜な印象を与えます。
 <浮気>、<心変わり>、<移り気>、<高慢>、<無情>、<冷徹>、<変節>などなど、あじさいにとってはあまりありがたがらない言葉が多いようです。雷がピカピカ光って轟音をとどろかせるのと同じように、自分が好き好んで花の色を変えているワケではないんでしょうからね、どうすることもできまでん。
 てなことで、今日は「あじさいの咲くころ」という短いVTRを作ってみました。ご覧になっても決して浮気心など起こしませんように、アーメン。

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2009年6月14日 (日曜日)

黒船に乗ってはるか日本に来たビールだって!

Beer001  これからは暑い夏に突入します。僕は寒い冬のシーズンが苦手で、どちらかというと酷暑といえども夏のほうが好きです。
夏の楽しみの一つに「ビール」があります。ビールはなにかの雑誌で読みましたが、
気温が22度を超えると、まるで運動会の徒歩競争みたいに”よ~い、ドン!”と売れ始めるんだそうです。フム、そんな相関関係があったのか。アインシュタインだって気がついてなかったろうな。

 ビアーガーデンで冷蔵庫から出したばかりのジョッキにナマを波々と注ぐ、目の前には枝豆、生ハム、アツアツのコロッケとから揚げが僕たちの顔を覗き込んでいる。右手にジョッキの重さを十分感じながら口に運ぶ直前の一瞬には、この酷暑への恨みつらみがすべて包含されている様な気がします。そして一気に咽喉に送り込む、氷柱を抱いて摩周湖に飛び込んだようなこの爽快感はなんだ!赤穂浪士が吉良上野介の首級を捧げたときに近いんじゃないか・・・、「♪カンパ~イ!!」
 と、空想ばかりでは淋しいんですが・・・。

 オーストラリアを旅したときにはそれはうまい地ビールをたくさん飲みました。そもそもあの国は地ビールの宝庫だ。土地土地で仕込んだ極めつけの上物がゴマンとあります。つまみはロブスター、僕は日本のロブスターは好まないが、それはオーストラリアと比較するからかもしれませんね。アチラは材料も調理も全然違う。これと地ビールの組み合わせは格別です。

 横浜に「YOKOHAMA XPA」というビールがあると聞いてぜひ飲みたくなった。昨年、横浜開港150周年を記念し、明治維新前夜ペリー提督が黒船に乗り赤道を越えて日本に持ち込んだビールを再現したといういわくつきのビールらしい。ところがこれが昨年6月の発売以来、トンでもない人気商品になっているとのことだ。
 製造元は「サンクトガーレン」という地ビール醸造所で神奈川県厚木市にある。今年の6月からは、今までの月産約6千本を1万2千本に倍増するんだそうだ。確かに人気なんですね。
 大手ビール会社のビールというと貯蔵工程で熟成させるラガー(下面発酵)スタイルであるのに対し、製法も味も対極にある酵母を常温で短時間に発酵させるエール(上面発酵)スタイルにこだわる。このロングヒットを続けるサンクトガーレンの岩本伸久社長(46)はビール造りは「ビールは思い入れの一言に尽きる」と語ったとのことだ、そんなもんなんですかね。

 XPAはホップの量も使い方も通常のものより多いんだそうだ。ペリー提督が飲んだものに近いビールを飲んで、幕末を駆け抜けて行った歴史人を思うのもオツなことかもしれない。とにかく早くどこかで手に入れて飲んでみたいビールです。

<写真は国立歴史博物館で撮影したぺリー提督にビールを合成したもの。クリックで拡大>

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2009年6月13日 (土曜日)

留置場弁当はそんなにうまいの?

Bentou001  僕はお弁当が好きです。いろんな材料がバランスよく配され、見た目もおいしそうだからです。
 最近は盛んに書いているとおり「ランチンパク(ランチ・イン・パーク)」を推進していて、公園でお昼ご飯を食べましょうと薦めまくっています。実際、陽気の良い季節、天気の良い日を見計らって戸外で食べる食事は一味も二味も違います。
 ネタもその都度変えてみる、汁ものも容器に入れて温かいまま飲めるようにするなどちょっとした工夫も楽しいものです。昨夜の残りものもシチュエーションが違うとまたまたおいしい。
 本格的なキャンプ道具などでは嵩張って面倒なのでそこまでは凝らず、余裕があるときはせめてカップやプレートをちょっとオシャレなものというのもいいですね。おいしい食事のポイントは「空気」ですから。
 それから、
野菜サラダは吉野家の牛丼の容器、あれって使い勝手がいいんです、アレには生野菜がぴったりですがそのほかにもアイディア次第というところがあります。とにかくあまりお金を掛けません。ランチンパクは経済的なんです。 

 一口に「お弁当」といってもいろいろありますね、弁当の思い出もずいぶんあります。書くとキリがありませんが、小学生の頃は学校へ弁当を持って行きました。冬場は教室にダルマストーブがあって石炭が真っ赤に燃えています。その周囲に子供たちは弁当を置きます、冷たくならないようにね。それが3時間目ころから食欲をそそる香りを教室中に充満させるんですね、妙に沢庵は良い香りがするんですね、これはたまりませんでしたね。

 昔、仕事で子供向けのイベントを企画し実行したことがあります。練馬区民センターの大ホールを借り切って、当時人気だったチャック・ウイルソン(今知ってる方はあまりいないかも)氏を呼んで、子供たちと腕相撲大会をしたんです。結果は、僕らの足を引っ張る勢力があってみごとに失敗しました。そのことより記憶にあるのは、そのチャック・ウイルソン氏が食べたお弁当、3,600円もする豪華版をあっという間に二人分平らげたことでした。スタッフ一同お口アングリでしたね、さすがに。

 先月31日、兵庫県明石市のインターネットカフェで無銭飲食した男が逮捕されました。情報を見て思わず驚いたり笑ったりしましたね。なぜってその男は以前の事件で明石署に捕まった時、留置場の弁当がやたらうまかったからもう一度逮捕されて食べたいというのが理由でした。つまり、弁当食べたさにわざと7,450円の無銭飲食したというのです。

 いったいどんな弁当なんでしょうね、気になりませんか?僕も何か事を起こして食べてみようかなあ(?)。明石署の留置場で提供される弁当は、米飯と数種類の総菜が入り、一食約400円だそうです。
 あっ、その容疑者ですがね、明石署の留置場は満員で兵庫県淡路市の別の警察署に収容されたということです。苦労が報いられず残念だったでしょうね、割りきれなかったでしょうね、何となく同情します。

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2009年6月12日 (金曜日)

梅雨入りです、明日はオタマジャクシが降るでしょう

Otama001  最近の世の中は何が起こってもおかしくありません。石川県ではたくさんのオタマジャクシが空から降ってきました。どうも地域的なサイクロンや竜巻などではなく、田んぼで食べすぎた鳥が吐き出した可能性も少ないとみられています。今のところ原因がまったくわからないそれこそ「珍事」です。
 なんせ、最初は七尾市の駐車場だってンですから・・・、中島市民センターの駐車場にいた男性職員が「ボタッ、ボタッ」という鈍い音を聞いたというんですからフツーではないと思いますよ、これは。彼が振り返ると、車の上や地面に体長2~3センチのオタマジャクシが大量に降ってきたということのようです。
 僕は、子供好きな彼が奥さんの妊娠を喜ぶあまり、オタマジャクシのようにたくさんの子供に憧れて半分夢でも見たんじゃないかというオチを予想していました。ところが話はシリアスそのものなんですね。

 オタマジャクシは彼の車の天井やガラスなどに体長3~5センチのものが約10匹、さらに周囲で100匹ほどが死んでいました。特にオタマジャクシをばらまけるような高い建物も山もなく、「空から落ちてきたとしか思えない」と語っています。そして翌日にはそこから5キロも離れた所でも・・・・、これは大変だ!

 「オタマジャクシが降った」という話題はその後拡大しています。さらに南へ約15キロ、その5日後には中能登町でライトバンの荷台や側溝でフナとみられる3~5センチの小魚が10匹以上死んでいたんだそうです。ヒッチコックがよっこらショッと墓場から出てきそうな不気味な話題はこれからどんな展開を見せるんでしょうかねぇ。どうせ降るならビキニ姿の美人とか万券がなんて・・・・、いや思っていませんよ。

 さぁいらっしゃい、映画好きのあなたの出番です!もうこうなるとオカルト現象につき合ってる暇なんかありません。映画『マグノリア』の出番ですね、もうそう言いたくて仕方なかったんでしょうね、ハイハイ。
 ある意味で面白い映画でしたねぇ、当時はなんと荒唐無けいな映画だとか言ってすこし差別していましたが、それどころか近未来を予測していたんですね??ハイ、参りましたよ。まだマグノリアを見ていない方のために伏せておきますが、最後にアルものが空から想像を絶する数、バラバラバラバラと降って来るシーンは今になるとふ~んという感じです。何とも言えませんね。サイナラ、サイナラ。

 お~たまじゃくしは、かえるのこぉ-----っと。

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2009年6月11日 (木曜日)

我孫子、手賀沼、白鳥の家族

Swan0902  僕は柏市に住んでいます。隣は我孫子市、僕はその我孫子市がとても好きです。前にも書きましたが手賀沼(柏と我孫子に跨る)があるというのもその理由の一つです。あの湖畔の周辺の整備された遊歩道を歩いているのは大好きな時間のひとひらです。今でいえば揺らめく緑の向こうにきらきらと光る湖面、その水面のわずか3センチほどをスッ--っとを吹き渡る風が体を包む。自然のあるがままに四季折々の色に溢れ、四季折々の鳥が囀るんです。
 また、手賀沼周辺には大正以降、武者小路実篤、志賀直哉、柳宗悦、バーナード・リーチ等、たくさんの人に愛された芸術家たちが集いました。手賀沼は文学や民芸運動を通じて心のメッセージを伝えてきたという側面もあります。

  我孫子には無数の古代遺跡が発見されています。いつかご紹介したように、柏の郷土資料館にはその貴重な資料が展示されています。そこの展示によると、最も古いもので後期旧石器時代(約3万年~1万5千年前)の「後田南遺跡」があります。縄文時代に入ったころからはもう集落がつくられ定住が始まっていたとのことです、何となくですが僕は「あびこ」という音に、古代の、縄文人のあるいは沖縄言語のルーツを感じてしまうんですが、ちょっと飛躍なんでしょうね。でもそのころは海岸に面した場所だったということで、沖縄と交流があったかもしれません。想像はいくらでも飛躍します。

 江戸時代、我孫子は江戸城下の食糧一手引き受け地としてその存在がありました。野菜だけではなく、特に有名なのは鰻とカモです。今もカモ猟などに使った道具が残されています。その後、手賀沼は水質が悪化した時期もありましたが今ではずいぶん改善され、野鳥が集まる憩いの場所になりました。
 先日訪れたとき、ハクチョウの一家に出会いました。場所は手賀沼大橋の柏側の下でした。大津川流域の家族とはまた別なもので、こちらには6羽の子供たちがのびのび過ごしていました。湖面に浮かんだハクチョウ型のボートが、見るともなしに彼らを見ていました。

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2009年6月10日 (水曜日)

今日は「時の記念日」

Tokeidai001  一昔前の話ですが、友人のひとりが国際協力事業団(JICA)の仕事でイエメンに派遣されていました。そのころ届いた手紙にはやりがいのある仕事だ、イエメンの国民性も良いと元気を伝えるものが多くありました。
 唯一困っていることには「時間を守る」ということに対する現地人の観念に不満があったようでした。まあ、観念というより、習慣の問題なのかもしれませんが…。
 たとえ話、彼が朝礼で「今日はここからここまで溝を掘るんだ」と、黒板に張られた大きな図面を指して言う。むろん作業員たちは100%現地の人たち、口を揃えて「インシャラー(了解した)」と返事が返る。彼は工事の進捗が捗々しくないので念を押す。「必ずここまでは仕上げてください」、再び元気に「インシャラー」の答えが返る。
 陽が落ちて現場を見に行くと予定の半分しかできていない。彼はみんな集めて「どうしてこうなったのか?」と問うと、作業員のリーダーが「インシャラー」という。この場合のインシャラーは「神の思し召しのままに…」という意味だ。つまり<今日はここまでというのが神の思し召しだ>というのである。毎日がそんなことの繰り返しで、彼は時間や期間に対する概念の違いに苦笑していたことを思い出します。 

 「時の記念日」は日本人なら小学校時代から慣れ親しんだ日です。今から遡ること89年前の1920年、東京天文台などによってこの日は制定されました。なぜ?には天智天皇の時代に水時計というものが設置されたのが4月10日(太陽暦で6月10日)だったという説もあります。
 「時間をきちんと守り、欧米並みに生活の改善・合理化を図ろう」と呼びかけたのですが、勤勉な日本人は世界でも指折りの正確な時間習慣を作り、いまや欧米を凌いでしまいました。
 
昔、ネパールからゲストを迎え、狭い我が家に1週間滞在したことがあります。その時山手線に乗る機会がありましたが、分単位で正確にホームに滑り込む電車に、びっくりしていたことを思い出しました。もちろん日本人はいちいち感心することはありません。時間に対する習慣の違いでしょう。

 ちょっと話は違いますが腕時計の売れ行きがこの10年余りガタ減りなんですってね、まあ、携帯の普及と関係あるんでしょうか。腕時計は絶滅危惧種です。

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2009年6月 9日 (火曜日)

心の脇にあるホツレを癒してくれるグループ

Ildivo002  僕が中学生になった頃、ビートルズが世界的な一大ブームを巻き起こした。1966年、日本に上陸するまで<ラヂオ>は運動会のスピーカーのように彼らのロックを流し続けた。リバプール・サウンズは、もともとアメリカの黒人音楽でリズム・アンド・ブルースにルーツがあったせいか、日本人もすんなり受け入れられた。僕は大ヒットした「イエスタデイ」にはそう感じられても、「ハード・デイズ・ナイト」辺りはまだよく理解できなかった。ちょっときつかったのかな。

 僕は当時ラヂオで音楽を聴くほか、小さくてチャチな赤い蓄音器を持っていて、レコードや雑誌の付録のソノシートをかけたりして楽しんでいた。ジョージ・ガーシュインの「スワニー」などの穏やかな曲が好きだったが、ビートルズ以降、好みも少し変わっていったかもしれない。
 高校に入ってからはジャズというものを聞いてえらく気に入ってしまった。お金がなくてレコードも簡単に買うこともできなかった。それにバスで40分以上乗らないと大きなレコード屋さんが家の近くになかった。やはり、雑誌の付録のソノシートを探しまくっていた。

 今になってみるとビートルズの良さがよくわかってきた。やはり音楽を基本的に変えたという点でも大したものだったんだ。
 特に日本は音楽に関しては世界の後発組だった。滝廉太郎の「花」辺りが黎明期だったと思う。明治維新以降西洋の音楽が入ってくるまでは音曲、義太夫、民謡などの伝統的な音楽のみだったから、江戸から約100年を経て一気にビートルズサウンズと大変貌を果たしたことになる。

 最近、人から借りたCDで「Il Divo(イル・ディーヴォ)」という男性4人のグループの音楽を聴いた。なかなか素晴らしかった。最近はアト拍のジャズ耳になっていたせいか、この方面の音楽は心の脇にあるホツレを癒してくれる。毎日酒ばっかり飲んでる人が、たまに甘いものを求める様なものなんだろうか。
 それはよくわからないが、クラシック出身が3人でポップス系が1人、アメリカ・スイス・フランス・スペインという組み合わせ。
 日本にも一昨年来ていて大成功を収めている。CD,DVD、組み合わせなど何枚もリリースしているが、僕のお勧めは「ANCORA」と「Il Divo」かな。これはぜひ一度…と書いておこう。

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2009年6月 8日 (月曜日)

国枝慎吾選手は元気と笑顔の素

Tennis001  国枝慎吾さんというと、昨年の北京パラリンピックの車椅子テニス男子シングルスで金メダルを獲得し、<千葉県柏市の誇り>から全国区に知れ渡った方です。
 実は北京から帰国して彼の勤務先である麗澤大学(柏市光が丘)で祝勝報告会が行われ、僕も聞くチャンスがありましたがその時は都合でいけませんでした。これはファンや応援してくれた人へのクリスマスプレゼントとして、12月24日に開催されたものでしたが本当に残念でした。
 ネットの記事によると国枝さんはそのメダル獲得の秘話を披露し、「北京の大会3週間前には40度の高熱が出て苦しみ、2週間練習ができなかった。次回のロンドンでは単複金メダルを取りたい」と北京秘話と2大会連続の金メダル獲得の決意を表明したそうです。

 もうテレビのニュースでご覧になったかと思いますが、国枝選手は先日の全仏オープンで大会3連覇という偉業を達成しました。それもプロ宣言してから最初のメジャーという背景もあり、ずいぶんプレッシャーが掛ったかもしれません。彼は苦しい時にメンタルトレーナーから「笑顔が足りない」と言われてしまうので、そのことを注意しているそうです。ホント、日本一かっこいいNIPPON男児だと思います。

 これからも国枝選手の元気と笑顔、、いただきま~す。

 そして今日、世界的権威ある米バン・クライバーン国際ピアノコンクールでは盲目のピアニストで辻井伸行さんがなんと優勝!これもすごいことです。
 伸行さんが2歳3か月の時、お母さんがクリスマスが近くなったある日、何となくジングルベルを口ずさんでいたのを聞いていた伸行さんは、家にあったおもちゃのピアノで、その曲をすらすらと弾いたんだそうです。生まれつき全盲の天才少年がその才能を世に発揮した瞬間だったのでした。

 とにかく今は障害を持つ人が次々に大活躍、もう健常者も負けていられませんね。
 国枝慎吾選手の公式ブログ

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2009年6月 6日 (土曜日)

ツバメの子育て

Swallow001  「盃に泥な落しそ群燕」という俳句は、あの松尾芭蕉が詠んだなかで、ツバメが登場する唯一の句です。
 『おうおう、ツバメが元気に空中を飛びまわっているのお。巣作りでもしておるんじゃろうか、、元気に飛び回るのは良いけれど、わしの飲んでいる酒の盃に泥なんか落とさんでくれよ、ほほほ・・・』という感じなんでしょうか。

 今日の写真は巣作りではありませんが、燕さんの子育てに忙しいところを一枚撮らせていただきました。
 その場所が何とも風変わりなんですが、公園というか広場の公衆トイレの外壁に、何かあった時に異常を知らせるために設置した赤色灯の上なんですね。いや、最初はちょっと驚きましたが、ツバメさんは意外と意表を突くところに巣を作るものです。
 観察していると親鳥がせっせせっせと餌を運んできて、そう、巣の中に7羽くらいはいそうな子供が一生懸命食べています。子供が口を開いて餌を待っていると、親は顔を半分くらい子供の口に埋めるようにして朝をやる光景が何ともユニークなんです。しかし、それもこれもユニークどころか、ツバメの親子にとっては生きるということにまっしぐらで、脇目も振らずという感じなんでしょうね。

 全く可愛いものです。

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2009年6月 5日 (金曜日)

江戸の風流、平成ではサラリーマン川柳で名残

Edoukiyoe001  江戸時代、「川柳」というものが大流行りしました。
 柄井(からい)川柳という人は今でいう句の採点者(当時は点者)で、江戸時代中期に有名になった人です。彼の名前がそのまま「川柳」として残っているわけです。川柳は今では江戸の人たちの暮らしぶりや風俗を知る貴重な資料になっています。そして、その数たるや、現在わかっているだけでも30万句はあるといわれています。

 僕は以前にも書きましたが「江戸」のことを調べるのが好きです。本を紐解き川柳を読んでいると、あまり真面目ばかりに人生を考えない江戸人の風潮が何となく好きになります。まぁ、どう考えても一局(一生)ですが、どう考えなくても一局なのは間違いないようです。実際はそう言ってられませんがね…。

 当時『前句付』という遊びがありました。・・なんとか・かんとか、、という前句を出題して、後の句を公募するもので、当時からキチンと15文前後の応募料を取っていました。それだけに優秀な句には賞品がついたということです。賞品の記録には会津塗りの膳椀セットなどすごい豪華なものがあったようです。それだけにみんな真剣で、だれが選ばれたか、どんな句だったかということで好奇心が人気を呼んだということです。
 そしてそれらは本になり出版され、延々と何十編に及んだというからすごいですね。
 『つまるところ酒屋が為の桜咲き』てな具合です。

 さて、平成の世では生命保険会社が『サラリーマン川柳コンクール』なるものを毎年発表しています。江戸川柳からの流れに違いありません。

 今年の1位は4119票を獲得した「しゅうち心 なくした妻は ポーニョポニョ」(オーマイガットさん)に決定、細かいコメントは反論が怖いので避けますがなかなか鋭いところを突いていますね。年々太って行く妻に妙な安心感と迫力を感じるものですよ・・・夫としては・・・、ハイ。
 そのほか「朝バナナ 効果があったのは お店だけ」とか、「やせたのは 一緒に歩いた 犬の方」などどうしても体重と戦う様子が切実になってる様子がよく出ていると感じました。句を作る原点は共通点を感じるものの、どうも「メタボ」という点で江戸と大きく違うんでしょうね

<写真は佐倉市の国立歴史博物館にて撮影したもの。クリックで拡大します>

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2009年6月 4日 (木曜日)

「あやめまつり」~水生植物園(我孫子市)

Ayame001  手賀沼周辺は僕のお気に入りスポットです。今日はその我孫子側で「あやめまつり」を開催中ということで行ってきました。
 もう、何年も続いているらしくご存知の方がたくさん詰めかけていました。花はまだ3分咲きという感じでしょうか、今週末ころが見ごろになるかもしれません。また、来週の土曜日(13日)は各種のイベントが用意してあるらしく、遊覧船まで出て賑やかになりそうです。

 どうだい、え~、向こう横町のおたまちゃん、きれいになったねぇ、今年で18だってさ、番茶も出鼻ってねぇ・・・へへへ、色は白いし目がパッチリ、まるで仲間由紀恵そっくりじゃねぇかって評判だよ。ところがだよ、隣町のおそめちゃん、これもまたすごい美人、全盛期のジーナ・ロロブリジータ(ちょっと古い)にそっくりってぇ噂なんだってねぇ。ボン!キュ!ボンととにかくグラマーなんだってさ、、これがほんとの「いずれ菖蒲(あやめ)か杜若(かきつばた)」ってね。

 まったく二人に一人と迫られても、どちらを選ぶか迷うような美人ているもんですね、源頼政が迷うのも無理からぬことでした。
 『五月雨に沢辺のまこも水たえていずれあやめと引きぞわづらふ』

 という僕は、写真は撮りましたがどれが菖蒲か杜若なのか、その見分けもできないという・・・、はぁ、情けなや。

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2009年6月 3日 (水曜日)

スゥイーツ・・・、ペナン島の思い出

Sweetcake001  僕は普段甘いものは好んで口にしません、いわゆる辛党です。しかし、どういう風の吹きまわしか知りませんが、そうですね月に2~3回は無性に食べたくなる時があるんです。普段食べない反動なんでしょうか?今日はちょうどその日でした、食べてみれば本当においしいスイーツをいただきました。まぁ、まぁ、たまにはいいものです。

 甘いものを食べるとペナン島を思い出します。マレーシアは多民族国家ですが、一応イスラム国家です。したがって人口の6割くらいを占めるイスラム教徒はお酒を一切飲みません。その代わりなのかどうかわかりませんが甘いものはたくさん召し上がるようです。町の商店街にはそれこそスイーツのお店がいっぱいあります。
 ただし、ペナン島だけに限って言うと住んでいる方の3分の2はチャイニーズ・マレーシアンです。彼らは酒も飲むしスイーツも食べます。日本人も比較的周囲に気兼ねなくお酒を飲めます。
 半島サイドの小さな町に行くと、お酒というかビールさえ置いてないレストランだってあります。あまり飲まれていないんですね。そんな町に行って食事のときやっと探したビールを飲んだ経験もありますが、なんだか周りの目が気になったりちょっと気兼ねしたこともありました。

 そういえば家内の誕生日にバトゥフェリンギにある有名ホテルのイタリアン・レストランに行きました。シェフにそのことを告げるとケーキを記念に作ってくれました。あれは抜群においしかった、、なんだかその味を思い出しました。

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2009年6月 2日 (火曜日)

「セイヨウミツバチ」が人類の命運を握るって?

Mitsubachi001  僕は野菜・果物が大好き人間です。今までただ単に、何にも考えることなく「おいしい」とだけ言っていただいてきましたが、実は裏で大変なことになっているという話を聞いて少し身を固くしましたね。
 それにしてもですねイチゴ、スイカ、メロン、ナシ、ナス、カボチャ、サクランボ・・・・、どれもこれもヨダレが出るほどおいしいものばかりです。とにかくそれぞれのシーズンになるとそれはもう、食べたくなってしまいませんか。
 さて、<裏で大変なこと>というのを知ったのは最近ですが、果物や野菜の受粉に使われる「セイヨウミツバチ」がものすごく不足していて、すでに生産コストが上昇し農家が困り切っているという段階を過ぎ、非常にシリアスな状況になっているということことなのです。

 ミツバチが働くのは女王蜂がいるからということは誰でも知っています。知らなかったのは、その女王蜂はかつて豪州から輸入に頼っていたらしく、今は何かあって停止措置の状態だそうです。それを受けて農水省は女王バチをアルゼンチンから輸入する準備を進めている段階だとかですが、その進捗はとてもスローでますますミツバチが減少する中、関東では盗難騒ぎも起きているといいます。困ったことですね。

小笠原誠冶さんの「経済ニュースゼミ」を拝見すると、<「もしハチが地球上からいなくなると、人間は4年以上は生きられない。ハチがいなくなると、受粉ができなくなり、そして植物がいなくなり、そして人間がいなくなる」これはアインシュタインの予言です。
 何とも不気味です。
 今、ミツバチが世界中で集団失踪を起こしています。しばらくして数が回復すればいいのですが、このまま少なくなっていくと、人間の存在にも影響を与えるのでしょうか。まあ、4年という数字はともかくとして>という記述があります。

 もっともっと人は環境に気を使わなければならないようです。

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2009年6月 1日 (月曜日)

ハクチョウ夫婦の絶妙な呼吸に感動!

Swan00901  今日はハクチョウの一家を見てきました。心和む光景もありました。

 柏市には大津川という川があります。この川は柏市と我孫子市にまたがる手賀沼に注ぎ込んでいる川です。その河口付近を常の住処にしているようで、そこに架かるヒドリ橋近くはそのコブハクチョウ一家を見たい人で結構にぎわっていました。
 賑わっているのは見物の方だけではなく、鯉を目当てに釣りをしている人もかなりの数です。岸には点々と釣り人と日傘が並んでいます。噂を聞いてハクチョウの写真を撮りに訪れた僕の第一印象は、切れた釣り糸や針にハクチョウが引っ掛かったりしないんだろうかという気がかりがありました。実際どうなのかわかりませんでしたが、ホント現場に行ってもヒヤヒヤする光景だったことは率直な感想です。とまれ、こちらの心配をよそに5羽の子供を連れたハクチョウ一家は、垂れ下がる釣り糸の先を澄まし顔で通り抜けて行きました。

 ハクチョウ夫婦が子供たちと接するシーンは感動しましたね。たとえば、一羽の子供が何かに興味を持って家族の隊列から離れた時でした。さりげなく、本当にさりげなく父親が他のヒナ4羽の前進を止めるんです。言葉も(当たり前か)声も出さず…。父と4羽の子供はそっとその場で待ちます。(ちょうどそのシーンが写真です)
 すると母親は離れたやんちゃ坊主(?)に付き添うように動き、その行動をそっと見守り、その子が気が済んで家族の輪に戻るまで静かにいつまでもそばについています。本当に微笑んでいるかのごとく・・・。やがてやんちゃ坊主が隊列の戻るとキャプテンの父親が何事もなかったかのようにスーイスイと進んでいくのです。何とも言えない阿吽の呼吸でした。「教育」という理念以上のものを、そして「大切な家族」というコンセプトを、彼らは持ち合わせていることを知りました。

 ハクチョウは①色が白いこと②首が長く外見的に優美であること③動きが実に緩やかであくまでも品の良さをうかがわせる鳥です。もっとも、こっちが勝手にそう思うだけなんでしょうが。それだけにハクチョウには朝青龍にはない『品格』というものを感じるんでしょうかねぇ。

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